オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『プリジョネイロ』

7 Prisioneiros(7 Prisoners), 94min

監督:アレシャンドリ・モラット 出演:クリスチャン・マリェイロス、ロドリゴ・サントロ

★★★

概要

私は買われた。

短評

人身売買を描いたブラジル映画。その過酷な実態を描くだけでも十分に衝撃的な内容になり得たのだろうが、本作は“奴隷頭”に該当する青年を主人公に据えることで射程を広げることに成功していた。決して「ブラジルヤバい」というだけの話ではないのである。やや展開が速すぎて十分に感情移入するのが困難だという欠点はあったものの、見応えのある一作だった。

あらすじ

同郷の仲間たちと共にサンパウロに出稼ぎにやって来たマテウス。初めての大都会に心躍らせるマテウスだったが、仲介人の「金持ちになれる」という甘い言葉とは裏腹に、スクラップ工場の労働環境は劣悪で、給料も未払いが続いた。業を煮やしたマテウスたちが雇用主のルカに詰め寄ったところ、これまでに掛かった“経費”を差し引いていると言われ、それを払い終えるまでは逃さないと脅されてしまう。マテウスは仕事を増やして早く借りを返しきろうとするのだが……。

感想

仲介人に支払われたマージン、親への前金、交通費、そして法外な下宿代と食費。これらの事前説明なき経費で雁字搦めにし、違法労働があたかも合法であるかのように搾取する。逃げようとすれば銃で脅されるし、地元の警察もグルになっている。「なんという酷い話だ」とドン引きするところだが、これが何もブラジルに限った話ではないというのが怖ろしいところである。日本でも似たような境遇にある技能実習生がいることは広く知られているし、アメリカにおける不法移民の扱いもこれに近い。ルカが「市の営みを支えられる数がいる」と言っていたように、どこの国でも多かれ少なかれ似たようなことが行われているのだろう。言わば“必要悪”として黙認されている現実がある。

脱走を早々に諦め、“頑張って働く”ことで現状から脱しようと考えたマテウス。すると、次第にルカの信頼を勝ち取るようになり、彼の右腕としての仕事を任されるようになる。ただし、ここで「なんだ、努力すれば報われるではないか」と考えるのは早計である。マテウスの扱いが改善されていく一方で、一緒に出稼ぎに来た仲間たちは変わらぬ酷い扱いを受け続け、マテウス自身もその搾取に加担することに苦しむこととなる。“奴隷頭”の苦悩である。

マテウスには何度か仲間と一緒に逃げ出すチャンスがあった。労働局が査察に来た時にチクるか、ルカが泥酔した時に逃げることはできたのである。“チャンス”というよりも“選択の機会”である。しかし、彼はそうしなかった。ここに世界の病巣があるように思われて仕方がない。

かつてマテウスと同じような境遇にあったルカがそうであるように、マテウスの前にも“出世の道”が待っている。確かに“努力すれば報われる”のである。彼自身や彼の家族にとって、仲間と反乱を起こすのとどちらが得なのかは考えるまでもない。また、マテウスが反抗したところで代わりはいくらでもいる。搾取への加担は、個人レベルでは合理的選択の結果と言うことができるだろう。一方、マテウスが頑張れば頑張るほどに搾取の構造は維持され、自分の代わりに苦しみ続ける者がいる。これらの存在を「努力しない奴が悪い」と切り捨ててよいはずがない。その努力は違法な搾取を前提に成り立っているのだから。

この「努力」と「搾取」の二つの言葉に集約される構図は、我々の知る“普通の社会”にも該当するのではないだろうか。非正規の、あるいは“底辺職”と呼ばれる人々が日々の生活に苦しむ一方で、“マシな待遇”を手にした者は「努力が足りないから」と彼らを非難し、現状を肯定する。しかもそれが合法なのだから、マテウスのように仲間の現実を見て苦しむ必要すらない。周囲よりもいい生活を送ることほどの優越感はない。そして、支配層はその心理を実に上手く利用する。本作は決して“ブラジル残酷物語”というだけの話ではない。古今東西あらゆる場所に見られる“支配の方法”を描いた物語である。