オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ザ・ホワイトタイガー』

The White Tiger, 125min

監督:ラミン・バーラニ 出演:アダーシュ・ゴーラヴ、ラージクマール・ラーオ

★★★★

概要

インドの貧民が起業家兼指名手配犯になるまで。

短評

インド版『パラサイト』といった趣の下剋上もの。“腹の膨らんだ者”と“そうでない者”の二種類に割り切ったカーストの前者のろくでもなさが全方面から存分に描かれているため、階層間の復讐劇はさぞかし痛快なのかと思いや、そうでもないというのが本作の面白さである。本作の主人公バルラムは、まるでスコセッシ映画の主人公の如く好感の持てない男なのだが、そんな彼の成り上がりを必然たらしめるインド社会の歪みの描き込み方は見事と言うより他にない。確かに本作はサクセスストーリーではあるものの、真の勝者は主人公ではないと思う。となると、否応なしに「成功」という言葉の意味を問い直さねばなるまい。

あらすじ

インドの貧しい農村部に生まれたバルラム。彼は才能に恵まれて奨学金を受け取ることも出来たが、子供の頃から働かされて満足に教育を受けられないまま大人になる。ある日、彼はアメリカ帰りの地主の次男アショクと出会い、アショクこそが仕えるべきご主人さまであると確信。車の運転を覚えて専属運転手となり、アショクや彼の妻ピンキー(プリヤンカー・チョープラー)と共にデリーで暮らすようになるものの、とある事件が起こる。

感想

バルラム曰く、インドの使用人たちは“気高さ”から主人に対して忠義を尽くしているわけではない。“ニワトリの檻”の中にいるだけなのだと。ただ搾取されているだけだと知りながら、そのことに喜びを感じてしまうような感性が何世代にも渡って遺伝子レベルで刻み込まれているのだと。バルラムには非凡な才能があったが、運転手としての仕事を始めた時点では他の使用人たちと大差ない。必要以上に恭しく、言わば“奴隷根性”が染み付いているかのような彼の態度には、誰もが多少のイラつきを覚えることだろう。

バルラムはそうした姿勢を“処世術”として自覚的に披露していたわけではなく、あくまで主人と使用人の関係に満足していたのだと思う。しかし、それは事件が起こるまでの話である。轢き逃げの責任を押し付けられたことから自分が使い捨ての存在でしかないことを自覚しはじめ、アショクへの忠誠が結局は報われないことを知る。そして、バルラムは檻の中のニワトリであることをやめて“起業家兼指名手配犯”となるわけだが、果たして、これは“バルラムの勝利”と言えるのだろうか。

どんなに忠義を尽くして働いたところで報われず、人間扱いもされないのであれば、主人を裏切るのも無理はない。ここまでならばバルラムが“檻”から解放された素敵なサクセスストーリーと言えるだろう。アショクを殺したことだって爽快感の点では問題とならない。『罪と罰』の悩める世界から抜け出した『ジョーカー』の世界である。しかし、その成功の実態というのが、自らが憎むに至った主人と同じ境遇に身を落とすということであれば印象が変わってくる。

バルラムの成功の直接的な要因は、“元”主人から学んだ賄賂戦略である。一見誠意があるように見える送迎事業に付随する被害者への対応も、貧困層出身ならではの“金で黙る”を理解して利用しているだけである。また、故郷から送り込まれた甥を“叩いて教育”する場面もあり、バルラムが骨の髄まで“腹の膨らんだ者”の価値観に染まり切ってしまったことが分かる。個人の単位であればバルラムは成功を手にしたが、その実、本当に勝ったのは“闇の国”としてのインドなのである。したがって、彼にもかつての主人と同じことがいつだって起こりうる。この大いなる皮肉こそが“世界最大の民主主義国”たるインドという国なのだろう。

上も下もろくでもない人物しか登場しない映画である。地主はオールドタイプな特権階級だし、バルラムの家族は伝統や倫理を盾に彼を縛り付ける存在でしかない。彼らは分かりやすくインドの“旧弊”たる存在なわけだが、そうではないアメリカ帰りたちのろくでもなさが面白い。アショクは「新事業に挑戦したい」とか言いつつ、実際には親から受け継いだ特権を守るべく贈賄に精を出しているだけ。本人も認めている通りに“根っこはインド人”である。一方、アメリカ生まれアメリカ育ちのピンキー。彼女は日本で言うところの“ポカホンタス”的な存在なのだが、最も進歩的であるようで、その実、バルラムを、あるいは貧民を最も人間扱いしていない女でもある。正に口先だけの正義感である。彼女の言葉と行動の乖離の説得力が凄い。本人がそのことを全く自覚していないような描き方も上手い。

「生焼け」という表現はなんとも上手く言ったものだと思う。

ちなみに、監督のラミン・バーラニはインド人みたいな名前だが、イラン系アメリカ人らしい。