オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『#生きている』

#살아있다(#Alive), 98min

監督:チョ・イルヒョン 出演:ユ・アイン、パク・シネ

★★

概要

ゾンビ発生後の引きこもり生活。

短評

新感染』以来、一つのジャンルを形成しつつあるように思われる韓流ゾンビ映画。本作は“引きこもり系”という、元より低予算映画の多いゾンビ映画の中でも最も低予算で撮影可能なジャンルなのだが、その割には気合いの入ったゾンビの描写を楽しむことができた。その一方、本作の特徴であるはずの引きこもり生活については明らかに作り込みが甘く、コロナ禍と重なるような導入部の描写こそ面白かったが、その後は「これくらい簡単に改善できるはずなのになあ……」と気にしつつの鑑賞となってしまった。

あらすじ

ゲーム配信者のオ・ジュヌがいつものようにゲームを始めると、人々が凶暴化しているというニュースが飛び込んでくる。ソウル近郊で発生したウィルスの感染者がゾンビ化しているというのである。ジュヌの暮らすマンションの外も既に感染者が溢れており、ジュヌは出掛けていた母親からの最後のメッセージ「生き残れ」に従い、とりあえずは自宅に引きこもることにする。

感想

いかに外の世界がカオスに陥っていようと、自宅から出ない限りは安全である。これはゾンビ映画においてゾンビの登場を最小限に抑えられる方法でもあるため、特に珍しい設定というわけではない。脅威の程度が低下したゾンビに代わり、人間ドラマ、あるいはコメディが映画の主役となるのだが、本作はその両方の面において一定の成功を収めている。

引きこもり生活をスタートしたジュヌ。外にはゾンビがいるというのに、とりあえずいつものようにゲームをしようとする(ネットが遮断される)。なかなか素敵に阿呆である。危機感に欠けるほぼニートな青年には、外の世界が平常だろうがゾンビ禍だろうが関係ない。「#生き残らねば」と力強く誓った割には通常運転である。また、緊急時だというのにテレビが普通にCMを流していたり、「落ち着くための呼吸法」といったくだらない報道をしていたりするのは、コロナ禍と重なるようで面白い。

しかし、そんな平和な日々も食料と水が尽きれば終わり。万策尽きたジュヌが首を吊ろうとすると、向かいの建物の生存者ユビン(パク・シネ)がレーザーポインターで「死ぬな、バカ」と応援してくれて生き残る。自分以外の生存者の存在を喜び、無線で彼女と通信しながらチャパグリを食べるシーンは(ゴマ油が合うらしい)、平和ではあったが何もなかった日々と上手く対比を成している。特に後者のシーンの“ほっこり感”には大いに和んだ。

このようにそれなりに良いところもあるのだが、それ以上にダメな箇所が気になって仕方がなかった。最も不満だったのは、引きこもり生活における生存戦略についてである。食料と水が尽きた後、しばらくしてから雨が降ったりユビンが食料を分けてくれたりするのだが、明らかに保たない。食料はまだしも水は必要不可欠だし、水がないのにジュヌは酒を飲んでアルコール分解に余計な水分を消費している。引きこもり生活自体はユルくてもよいのだが、その前提である“兵站”の描写が雑すぎる。そのため、いざ危機に瀕した時に「今更?」となってしまうのである。また、水が止まったのに電力だけは供給され続けるのも違和感があった(水道網がゾンビに汚染されたといった設定はありうるか)。

三十郎氏が抱いた最大の違和感は、“扉”についての描写である。ジュヌの住んでいるマンションの玄関は“外開き”なのだが、押すことしかできないゾンビの侵入を許している場面がある。それも何度かある。これは構造的におかしい。仮にゾンビのパワーが凄かったとしても、今度はそれを抑えつけるジュヌのパワーと矛盾が生じる。これくらいちょっと扉を改造するだけで解消できた矛盾のはずなのに。大量のエキストラを動員してゾンビの群れを撮影する予算があるというのに、どうしてこんなところを見逃してしまうのか。

“いい人だと思ったらヤバい人だった”のシーンだが、ここにも作り込みの甘さが目立つ。実はヤバかったおっさんは、二人をしっかり拘束した後に計画を遂行すればいいだけなのに、逆転してもらおうと思っているとしか思えない阿呆ムーブを披露。おっさんを阿呆化させる以外の逆転アイディアを思いつかなかったのか。また、おっさんたちを殺した直後に、ゾンビに噛まれたわけでもないのにユビンが「殺してくれ」と言い出すのも唐突である。一人から二人になり、しかも食料と水を大量にゲットしたというのに。てっきり噛まれたのかと思ったら、その後、普通に生き残ろうとしていて驚いた。