オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『フィアー・ストリート Part 1:1994』

Fear Street Part One: 1994, 107min

監督:リー・ジャニアク 出演:キアナ・マデイラ、オリヴィア・ウェルチ

★★★

概要

シェイディサイド殺人事件。

短評

『もう終わりにしよう。』のダメージがあまりに甚大だったので“重い映画”は観たくない。そこでホラーに逃げることにした。本作は全三部作のシリーズの一作目であり、全て観終わった時にどんな印象を抱くのかは分からないが、とりあえずは“怖くない系ホラー”だった。ホラー映画のパロディ的な『スクリーム』のパロディといった趣で、あえてクリシェを強調したスラッシャー映画となっていた。それほど面白かったわけではないものの、とりあえず残りの作品も観てみようと思える程度のクオリティだった。

あらすじ

1994年、「殺人鬼の集う街」という不名誉なあだ名をつけられたシェイディサイドで新たな殺人事件が発生。“骸骨マスク”という殺人鬼がショッピングモールに出現した。シェイディサイドと対を成すかのように治安の良い隣町サニーヴェイルの高校生たちも集まって追悼式が催されたものの、両校の生徒たちが対立。ディーナ(キアナ・マデイラ)たちを乗せたスクールバスを彼女の元恋人サム(オリヴィア・ウェルチ)が追って事故が起こり、サムはその地に伝わる伝説の魔女“サラ・フィアー”を目撃する。

感想

ディーナの元に骸骨マスクが現れたのでサムの現恋人ピーターの嫌がらせかと思いきや、マスクの下には事件時に射殺されたはずの犯人が。どうやら魔女の呪いによって殺人鬼が復活を遂げたらしく、次の標的となってしまったサラを守るために奮闘するという物語。スラッシャーとオカルトの組み合わせの出典は分からないが、事件に関連する過去を調べ、助かる方法を見つけ出すという展開はよくあるものである。割とテンポよく“次の展開”へと進むし、特徴はないが普通に楽しめる。

1978年に発生した事件の生存者が“一度死ぬから蘇生する”ことで生き残ったと判明し、ディーナたちもそれを実践することに。なお、殺人鬼たちを罠にかける作戦が失敗した時にディーナの友人ケイト(ジュリア・レーヴァルト)が「もうサムを捧げるしかないよね」と言っていたが、結果的に彼女が正解だったのは皮肉だった。ケイトとサイモン、そしてディーナの弟ジョシュが囮となって逃げいている間に二人が殺されることでサムが生き残るのだが、これでは割に合わない。主人公ディーナ視点では恋人が助かったのでよいのかもしれないが、命の重さに差をつけられる程には彼女に感情移入できていない。ただし、ケイトの死に様が“パンスライサー”によるもので、これがなければスラッシャー映画としての評価は下がっていたと思う。本作の魅力の半分くらいはパンスライサーである。顔にケーキのクリームがついているのも良い。

助かったかに思われたものの、サムが魔女の標的となったことには変わりなく、それをどうするのかが続編での焦点となる。シェイディサイドでは1666年以降事件が起こり続けおり、二作目では生存者のいる1978年の事件を、三作目では1666年の初代を扱う、“遡っていく”構成となっているらしい。シェイディサイドとサニーヴェイルとの間にどうした経緯があるのかが解き明かされることに期待したいところだが、最終的に初代まで遡ることが分かっている状態なので、二作目が消化試合に終わってしまわないのか心配である。

“イチャつくカップル”が殺人鬼の標的となるのはホラー映画の定番かと思うが、(本作では殺されないものの)レズビアンカップルという設定は魅力的だと思う。所詮は男性向けのサービスでしかないシーンに多様性の要素を盛り込むことができるし、その上、登場するおっぱいを倍増させられる。これなら皆が得をする。ポジティムサムである。

モールでの殺人事件の被害者となるヘザー(マヤ・ホークイーサン・ホークユマ・サーマンの娘)が可愛かった。出番が少なくてもったいないが、OPクレジット前に“ホラー映画を一通り終わらせる”という演出は笑える。外見に関してはディーナとジョシュの姉弟の間での顔面格差が気になった。黒人女性のキャラクターは主人公ポジションに近づくほど白くなる。