オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『アメリカン・ファクトリー』

American Factory, 110min

監督:スティーヴン・ボグナー、ジュリア・ライカート

他:アカデミー長編ドキュメンタリー映画

★★★

概要

中国企業アメリ現地生産進出。

短評

ガン・ホー』の現実版といった趣のオスカー受賞ドキュメンタリー映画オバマ夫妻が大統領退任後に立ち上げた製作会社の第一作らしい。労働者側の人間としては組合に加入して労働環境や待遇を改善しようとする人々を応援したくなる一方で、“経営者視点”などという大げさなものを持ち出さずとも「これで勝てるわけがない」と否応なしに思い知らされる。非常に難しい問題である。妥協点を見つけられるならば、三十郎氏はグローバル企業の一流ビジネスマンとしてバリバリやっているのだろうが、「どうにもならんなあ」という諦めの他に何も浮かんでこなかった。

あらすじ

2008年、オハイオ州からGMの工場が撤退を決め、多くの雇用が失われる。代わりにやって来たのは中国の自動車用ガラス製造会社フーヤオ。雇用の回復を期待して地元は中国企業の進出を歓迎。米中の双方が互いの文化を尊重する意向を示したものの、埋めがたい文化の溝が顕在化するのだった。

感想

米中の工場労働者の効率の差は歴然である。実際の仕事以外の部分で判断するのは不適切かと思うが、アメリカ工場の管理者たちが福建省の本社工場へ視察に行き、試しに“朝礼”を導入してみる場面。中国では軍隊的規律が保たれていたのに対し、アメリカは“見るからに”といっただらしない態度。作業における秩序もかなり差があるように見えるし、それでいて中国の労働者たちは長時間&低賃金で働き続ける。経営者にしてみれば中国と同じ水準を求めたくなるだろうし、そうしなければ競争に負けて“船ごと沈む”という事態になりかねないだろう。

一方、「だから中国方式が正しい」と言うこともできない。上述の待遇問題以外にも現場の安全対策は極めて杜撰であり、アメリカ工場の従業員も今まで経験したことがないという労災で怪我をしている。そこで彼らは組合に加入することで環境と待遇の改善を図るのだが、フーヤオの会長は「組合ができるなら撤退する」と“労組回避コンサル”に大金を拠出して組合潰しに奔走。労働者の側にも「組合は悪い労働者を守るだけ」という人がいたりして、結局は反対派の勝利に終わる。中国本社では共産党と一体化した組合への加入率が100%だというのに。中国人の社長が「Let's make America great again!」と言ってしまうところまで含めて、なんとも皮肉な事態である。

個人の権利という守るべきものを守った方がよいのか。それとも、多少の犠牲を払ってでも企業という“船”を守ることを優先した方がよいのか。ジルという女性従業員は無職時代に姉の家の地下室に住んでいたのだが、フーヤオに雇われたことで自分の部屋を借りられた。しかし、組合活動に奔走したことで解雇されてしまい、再び無職である。どちらの方がマシだったのだろう。なんとも考えさせられる光景である。

表面的には互いを尊重する意向を見せつつも根っこの部分で持論を譲らない両国の対立は、“機械化”という帰結が示唆されて終劇となる。機械よりも安い限りは人間が雇われるのだろうが、コストが逆転すれば無用の存在となる。果たして、その先の世界には何が待っているのだろうか。今はコンピューターに関する技術を学んで産業構造の転換だとか言われるかもしれないが、それだっていつかはAIに取って代わられるだろう。ただの懐古趣味であることが分かっていても、「昔の方が幸せだったかもしれない」と口走るのが当然のことのように思えてくるのだった。

『ガン・ホー』に描かれていた日本の企業文化は、衰退著しい今となってみれば「いまだにこんなことやってるからダメなんだよ」とツッコミの入るようなものばかりだった。朝礼にはじまり、休憩もほとんどなく長時間働き続け、家族よりも仕事を優先する。ところが、成長著しい中国企業も似たようなことをしているのである。それも平成どころか昭和まで遡ったようなことを。皆で社歌を歌い、宴会でこっ恥ずかしい余興し、挙げ句は社内で集団結婚式まで行われる。正に共同体として企業である。もはや何が“正しい”のかよく分からない。

昨今の日本の労組界隈は、(共産党アレルギーという特殊な事情があるにせよ)待遇改善よりも生き残りを重視する中国方式に近づいているように見える。連合と自民党の接近がその顕著な例(というよりも他を知らないだけなのだが)かと思うが、一方で労働者の価値観の面ではアメリカ的個人主義へと近づいている。果たして、どうなるのだろう。

中国方式とアメリカ方式が対立する一方で、中国人とアメリカ人の個人レベルでは仲良く交流する姿も多く見られた。しかし、企業と労働者との間が対立が深まると、双方ともに「中国人は~」「アメリカ人は~」と言い出し、分断されていく様子を見ているのは辛いものだった。