オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『密航者』

Stowaway, 116min

監督:ジョー・ペナ 出演:アナ・ケンドリックトニ・コレット

★★

概要

三人分の酸素と四人の乗組員。

短評

冷たい方程式』とほぼ同じ状況設定の一作。観終わった時に思わず「あー、あほくさ。最初から死んどけや」と溜め息が漏れた。幼稚なヒューマニズムアメリカ人らしいヒロイズムで塗り固められた本作は、ただ「罪悪感を背負いたくない」というだけの動機を人間性の問題へとすり替えることで主人公を善人化している。脳内お花畑な主人公が自己犠牲的結末を迎えることをもって「人生の意義を見つけた」とやったった感を出していたものの、これは単なる自己満足に過ぎない。このいかにも“主人公的”な行動を批判的に描くことはできなかったのか。

あらすじ

船長バーネット(トニ・コレット)、医学者ゾーイ(アナ・ケンドリック)、生物学者デビッドの三人を乗せ、火星への二年間の旅に出た宇宙船“MTS-42”。しかし、既に地球への後戻りが不可能となった後、バーネットがパネルの裏に一人の男が隠れていたのを発見。調査の結果、マイケルという男は打ち上げサポートの技術者であり、作業中に気を失ってそのまま離陸してしまったことが判明。さらに、マイケルが乗り込んでいた影響で生命維持装置が故障してしまい、船内には二人分の酸素しか残されていないのだった。

感想

船内の酸素は二人分だったが、デビッドが“藻”を量産することで一人分を確保。残るは一人分ということになるが、管制曰く「故障箇所は修理不可」とのことであり、招かれざる客となったマイケルの“処分”が決定される。「たまたま気絶してそのままだったなんて阿呆な話があるか」とか「酸素以外に食料とか色々と問題があるだろう」とか疑問は浮かぶが、その辺りは全部スルーして問題は酸素だけということになっている。

「他の乗組員やミッションへの責任もあるし、残念だけど犠牲になってもらおう」な雰囲気の船長バーネット。「藻がいつまで機能するか分からないし、どうせなら早く決めてしまった方がよい」と主張するデビッド。彼ら二人に反旗を翻すのが、“主人公”のゾーイである。彼女は「ギリギリまで解決策を考えなきゃ!」ともっともらしいことを言うのだが、その実、自分は何もせず問題を先送りしているだけでなのある。彼女の提案が奏功して全員が助かりかける場面はあったものの、一応の見せ場として無理やり設定されている感が強く、あれくらいならばさっさと船長が判断しないのが不自然だった。

最終的には太陽嵐の中をゾーイが船外作業して酸素を確保し、残りの三人が助かるという結末。一人でできるのならその前に二人でやる必要がなかったという疑問が浮かぶが、ここもスルーである。ゾーイは“最後まで最善を尽くそうとした”ことをもって満足しており、本作も彼女を支持する描き方かと思う。しかし、これでは冷静に考えて何も解決していないし、むしろ医者を失ったことにより残された三人はリスクに晒されている。『冷たい方程式』が「助けたい(=感情)」と「どうにもならない(=合理性)」の相克にあって後者が必然的に勝利する物語だったのに対し、本作は後者の要素を上述のような雑さで弱め、前者を偶然と勢いで無理やり勝たせた感じにしている。

確かに“やり切った”ゾーイ自身は気分がいいだろう。マイケルを殺した罪悪感を背負って生きる必要もなく、自分は人から感謝されて逝ける。しかし、ただそれだけなのである。全く合理的ではないし、これなら最初に「じゃあ、マイケルの代わりに私が死にます!」とその場で自殺していたのと何も変わらない。合理性を完全に放棄して感情で突っ走る女が、自身の感情の問題をヒューマニズムの問題にすり替え、真っ当に悩む他者を糾弾して気持ちよくなるオナニーに過ぎないのである。こんなものは“いい話”でも何でもない。ゾーイのような自己満な正義感や自己犠牲精神は“正しい行動”として受け止められがちだが、その正しさは批判的に検討する余地があるのではないか。

細部のリアリティやゾーイの独善性についてはスルーするものとして、船長バーネットの行動は疑問だらけだった。船長である。責任者である。自分が「この道しかない」と判断したのであれば、部下に押し切られて持論を曲げるような真似をするな。結局のところ、彼女も責任から逃げようとしているだけである。有無を言わさず“成功を前提とした任務”を押し付けられたデビッドだけが、冷酷に見えながらも現実を認識していたのではないか。一歩間違えば、『ドント・ルック・アップ』よろしく四人仲良く手を繋いで全滅に向かって猪突猛進していただろう。

「ジャズってのは主旋律から外れる人がいて不快に聞こえたりするかもしれないが、実はそれで調和が取れている」とデビッドが語る場面が序盤にあるため、もしかして技術者のデビッドが修理不可能と判断された装置を修理してしまうという大団円ではないかと疑ったものの、そうならなかったのだけはよかった。