オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ドント・ルック・アップ』

Don't Look Up, 138min

監督:アダム・マッケイ 出演:レオナルド・ディカプリオジェニファー・ローレンス

★★★★

概要

本当は怖い『アルマゲドン』。

短評

爆笑もののコメディでありながら下手な環境系ドキュメンタリーよりも遥かに痛烈なメッセージを突きつける風刺映画。一言で言うと、上手い。映画とはこういうものである。気候変動を念頭に置いた内容なのだろうが、政治・経済・民衆の反応が極度にカリカチュアされていながらも「めっちゃ分かる」の感が強すぎて、必然とも言うべき破滅的結末すら笑って見守ることになるというブラックさをどう受け止めるべきなのか。本作の配信開始に合わせてネトフリを契約したのだが、これは正解だった。

あらすじ

ある夜、ミシガン州立大の博士課程院生ケイト(ジェニファー・ローレンス)が新たな彗星を発見する。そこで、指導教授の天文学者ミンディ博士(レオナルド・ディカプリオ)が軌道計算してみたところ、なんとその行き先は地球であった。博士らはNASAに連絡し、約半年後に地球に衝突する彗星の存在をオーリアン大統領(メリル・ストリープ)に警告しようするものの、彼女や息子のジェイソン(ジョナ・ヒル)はまるで真剣に受け止めようとしない。そこで、“惑星防衛調整局長”オグルソープ博士と共にメディアへのリークで対抗しようとするのだが……。

感想

簡単な流れとしては以下のようなものになる。ミンディらが大統領へ報告したものの、「名門大学じゃないから信用できない」「それよりも政治的危機で忙しい」とスルー。そこでメディアに情報をリークするが、テレビ局は内容よりも“視聴者受け”を重視。ヒステリックに危機を煽るケイトがネットミームとして消化され、彼らの話には誰も耳を貸さない。その後、中間選挙対策で“アルマゲドン作戦”が決行されるものの、「彗星からレアメタルが採取できる」という億万長者ピーター(マーク・ライアンス)の一声で急遽作戦中止。こうなると全人類的危機のはずの彗星への対処が政治的対立軸となり、あとはピーターによる夢見がちな作戦の成否を待つだけとなる。当然、失敗である。

この一連の“喜劇”において誰が決定的に悪かったかと言えば、大統領ということになるかと思う。メディアが危機を軽く扱ってしまうのは、そうしなければそもそも視聴者が見ないという理由がある。したがって、一部のメディアが真剣に問題を扱おうと、政治問題化されてしまえば同じ結末をもたらしたことだろう。やはり“初動”こそが最も重要なのである。大統領が初期に危機を認識し、政治とメディアが統一した見解を発信できていれば(経済界及び対立政党とも協力する必要がある)、危機感を覚えないのは陰謀論者だけとなる。しかし、問題発生の初期段階では“現実感”が薄く、どうしても目先の課題解決を優先してしまう。そうこうしている内に問題が政治化し、科学とは乖離した虚空へと飛んでいってしまう。そして、時既に遅し、となる。リーダーというのはそれくらい重大な責任を負う存在なわけだが、約一年前まで誰がこの座についていたのかは皆が知る通り。そのくらい危うい存在でもある。

この構図は気候変動と全く同じと言えるだろう。地球温暖化問題は三十郎氏が子供の頃から訴えられてきたが、未だに解決の糸口すら見えてこない。初期段階は遠の昔に過ぎ去り、とっくに政治問題化してしまっている。本作にはアルマゲドン作戦という政治と科学の目的が一致する一縷の望みがあったが、現実世界は次の段階、つまり“問題の収益化”に入っているように思われる。ザッカーバーグイーロン・マスクを合体させたような起業家が“前向きで万能の解決策”を提示し、異論を挟む科学者を片っ端から排除することで盲進する。現実世界においてもSDGs云々と色々な試みをしているように見えなくもないが、販促のための標語として利用されているだけの例が多々見られる。

一度は政権に入ったものの、ピーターのバッシュ計画に無理があると察して他国へ再度アルマゲドン作戦を敢行するように呼びかけるミンディ。ここで彼らが行うのが“チャリティコンサート”なのだが、ここに至ってこのバカバカしさである。結局、科学者ですらも科学による説得を諦め、支持者の一体感に頼っている。人類の危機もまた若者にとっては“イベント”である。初期段階で問題を認識せず、都合のよい起業家の計画に乗っかった大統領も非難されるべきだが、世論が一致していれば彼女だって従わざるを得ない。しかし、一般に科学の問題の詳細を理解するのは大衆にとって難しすぎるし、発信力と説明力との間には反比例の関係がある。そうして“科学的根拠”が何なのかも分からないまま信じたいものを信じ、必然的に破滅が訪れるのである。

本作は風刺によって観客を啓発する意図があるのだろうが、科学的根拠への理解という問題への解決策は示されておらず、気候変動についても映画みたいな結末を迎えるのではないかという気がした。コロナ禍における報道やネット上の意見を見ていると、それぞれが自分の都合に合わせて“事実”を選んでいるようにしか思えない。これはセーフで、あれはダメ。全部“都合”である(もちろん三十郎氏とて例外ではない)。もはやどの“科学者”の意見に耳を貸すべきなのかすら分からない。その時が来れば、皆で笑おうではないか。我々は本作の登場人物たちと同じように破滅への坂道を転がり続けているのだから、本作で笑えたならば現実でも笑えるはずである。

有名なディザスター映画の内、『アルマゲドン』と『2012』が本作に引用されている。惑星防衛調整局も実在するとのことだったし、意外と現実的な対策なのかもしれない。大統領たちは2万2740年後に地球に似た惑星へと辿り着いていたが(ビーズ作戦と同じく着陸にするポッドがあるのが良い)、大金持ちの高齢者ばかりを集めて人類を再建できるものなのだろうか。また、終末ものと言えば『ディープ・インパクト』もあるが、同作のように高所に逃げる作戦は採用されなかったか。

地味にディスられているセガールにいくらかの写真使用料は入るのだろうか。