オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『マトリックス リローデッド』2

The Matrix Reloaded, 138min

監督:ウォシャウスキー兄弟(当時) 出演:キアヌ・リーブスキャリー=アン・モス

★★★★

概要

マトリックスと救世主の正体。

感想

シリーズ二作目。最新作公開前の連続視聴である。本作についての思い出や感想もほとんど前回の視聴時に書いていしまっているため、気になったことをちらほらとメモしておく。

ウイルスのように自己増殖能力を身につけたスミスが現実世界のベインの体を“乗っ取る”という行為は、人間の脳をHDDのような“記録媒体”だと捉えれば理解しやすいだろうか。データを上書きしてしまえば中身は別人になる、と。最近、ホーガンの巨人たちの星シリーズ四作目『内なる宇宙』を読んだのだが、同作に似たような描写があったので今回すんなりと腑に落ちた(逆に同作については本作を先に観ているせいでオチが予想できてイマイチ楽しめなかった。したがって感想を書くのもサボった)。

これでスミスによる現実世界への侵食については分かったことになるが、問題は“救世主”ネオである。救世主のプログラム自体は、元々マシーン側が書いたものであることがアーキテクトから明かされる。選ばれし者“トーマス・A・アンダーソン”の脳にプログラムをインストールすれば救世主が出現するというのは、スミスからベインへの上書きと同じ理屈で理解可能だろう。しかし、“ネオ”はマトリックス内部だけでなく現実世界において、あるいはマトリックス内部での行動が不可逆的なはずの現実世界での現象に影響を及ぼす形で超能力を使っているのである。

前回『レボリューションズ』を観た時に書いた仮説②の補強になるが、救世主プログラムはマシーン内部にあるため、そこに何らかの形でアクセスできればセンチネルを撃墜することは可能だろう。その方法が問題となりはするものの、救世主プログラムのインストール対象は無線通信でも可能なようにしてあるのだろうか。次にトリニティの蘇生だが、彼女は“脳が死んだと認識することで現実に死んでいる”。つまり、現実世界の方では実際に負傷しているわけではないため、“生きている”と上書きすることで復活させられるのか。無線通信については想像でしかないが、これで超能力については一応の筋が通る?

一作目を観ていて、“固定電話”の回線を通じて現実とマトリックスを行き来するというのは、若い世代にとって直感的に分かりづらい描写だろうと感じられた。携帯電話を経てスマホで常時ネットに接続されている現代世界において、最新作ではその辺りをどう描くのかに興味があったのだが、既に本作の時点で“電話で現実世界に戻る”という描写が採用されていなかった。

救世主ネオを得てザイオン内部での影響力を増すモーフィアス。映画を観た限り、ザイオンにおける司令系統は評議員→司令官→船長の順かと思われる。モーフィアスは命令違反と痴情のもつれで司令官の不評を買っているものの、評議員が彼を擁護する。果たして、評議員の選出システムはどうなっているのだろう。彼らが選挙を経ることなくその地位に就いているならば、単純にモーフィアスを支持しているのだろう。一方、公選制ならば、ネオの信者票を多数抱えるモーフィアスとの互恵関係ということになり、「救世主を信じて戦えば大丈夫だ!」と演説をぶつモーフィアスが少々危険なポピュリストに見えなくもない。

数えてたわけではないものの、ザイオン内部の人種構成は有色人種が多めのように見える。これは“抑圧に抵抗する者たち”というメタファーなのか、それとも世界中から人を集めれば自然と有色人種が増えるのか。あるいは、ウォシャウスキー兄弟(当時)の美意識やフェティシズムに基づくのか。

マトリックスというプログラムが何度も繰り返し試行されていることが初めて明らかになるのはアーキテクトとの会話だと思っていたが、先にパーセフォニーが「古いマトリックス」という言葉を発していた。