オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『マトリックス』2【IMAX版】

The Matrix, 136min

監督:ウォシャウスキー兄弟(当時) 出演:キアヌ・リーブスキャリー=アン・モス

他:アカデミー視覚効果賞(ジョン・ゲイター他)、編集賞(ザック・ステンバーグ)、音響賞(ジョン・T・リッツ他)、音響編集賞(デーン・デイヴィス)

概要

仮想世界から脱出した電池人間。

感想

最新作の公開を前にIMAX版が上映されていたので観に行ってきた。二年前に観た時の感想にも書いたのだが(この頃の文章は今よりも“熱”がある)、本作は三十郎氏にとって特別な一作である。既に何度も観た作品ではあるものの、劇場公開当時よりも良好な環境で視聴できるのであれば見逃す手はない。だって最高に面白いと分かっているのだから。

映画の内容自体は文句なしに満足なのだが、1999年の作品ということで、近年の映画と比べると画質・音質ともに“IMAX仕様”の水準には達していなかったように思う。特に階調の豊かさや肌の質感については、スクリーンが大きいだけに粗が目立った。『2001年 宇宙の旅』のIMAXリバイバルの時のような感動はなかったので、あくまで大きなスクリーンでもう一度観られるという程度に割り切った方がよいかと思う。4KのUHD BDも販売されているが、そちらの画質はどうなのだろう。

映画について書きたいことは前回ほとんど書いてしまっているため、「やっぱり面白かったなあ」という間抜けな感想以外には特にないものの、改めて“自分と映画の繋がり”を感じさせる発見があった。三十郎氏はトリニティが非常に好きなのだが、もしかすると彼女こそが“ショートカットへのフェティシズム”を発症させた犯人かもしれない。実にどうでもよい謎が解けた瞬間である。ボンデージのエナメル素材へのフェチまでは発症しなくてよかったと思う。もししていれば今頃、背中に蝋を垂らされ、尻を鞭打たれて悦びの声を上げるハメになっていただろう。

ネオがオラクルに会った際、「花瓶について言われなければ落とさなかったか」という因果関係について考えることになると言われる場面がある。その後、トリニティがサイファーが裏切った際の質問に「イエス」と答え、ネオが撃たれた際に愛を告白し、同様の因果関係の問題が生じていた。

サイファーがステーキを食べている時に「これもただのコードなんだよなあ」と言う場面。持続可能性にせよアニマルライツにせよ、どちらが目的であってもいずれ庶民は肉を食べられなくなり、“電脳の味”で代替される日が来るのだろうか。食べられる内に食べておこう。

EDクレジットでネオのスタントダブルに「チャド・スタエルスキ」の名前があった。この頃からの盟友だったわけか。もしかすると『ジョン・ウィック』のスタントマンの中から監督が生まれ、キアヌが“最強のおじいちゃん”を演じる映画を撮るかもしれない。キアヌも大変である。また、ロケ地がシドニーだとあって「車の進行方向が云々」という豆知識があったのを思い出したのだが、鑑賞中は全く気付かなかった。三十郎氏の注意力はその程度である。

本作は元々『ニューロマンサー』という小説の映画化企画としてスタートしており、サイバーパンクの元祖と言われる同作を三十郎氏も読んだことがある。本作に通ずる仮想世界のアイディアや、「マトリックス」や「ザイオン」という単語が登場するのは楽しかったものの、情報量の多さに頭がついて行かずにそこまで楽しめなかった。情報の洪水である。本作が阿呆でも楽しめるSFアクションというジャンルを選んだことを心から有り難く思う。

IMAXの大スクリーンになってもキアヌのチンコが映っているかどうかは確認できなかった。ただし、スミスに発信機を埋め込まれるシーンでは“乳首毛”がバッチリと映っており、「キアヌにも生えているのだから気にすることはない!」と勇気をもらえた。ヘソまで繋がった陰毛も同様である。毛深き同志たちよ、綺麗な顔したキアヌにも生えているぞ。