オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『Mr.ノーバディ』

Nobody, 91min

監督:イリヤ・ナイシュラー 出演:ボブ・オデンカーク、アレクセイ・セレブリャコフ

★★★★

概要

会計士のおっさん。

短評

「ナメてた相手がヤバかった」と形容されることの多いヴィジランテ映画。このジャンルにおいて屈指の“ナメられそうなおっさん”が主人公の一作である。ナメてはいけない相手なので当然にヤバいのだが、そのヤバさの方向性が強さよりもメンタル、つまり文字通りの意味で“ヤバい人”なのが新機軸である。主人公をナメていたのが敵というよりも観客であることも上手く機能しており、それが随所に笑いとなって現れる。やり尽くされた感のある“最強のおっさん映画”だが、これは新鮮だった。

あらすじ

工場で経理として働き、退屈な日々を送っているハッチ・マンセル(ボブ・オデンカーク)。ある夜、彼の家に強盗が侵入し、ハッチはゴルフクラブで抵抗……せず、争うことなく金や腕時計を渡して強盗を見逃す。しかし、娘のアビー(ペイズリー・カドラス)が大切なネコのブレスレットを取られてしまったと言い出し、ハッチはそれを取り戻すために行動を開始する。

感想

“ナメてた相手がヤバかった”であれば強盗が華麗に撃退されそうなところだが、本作はそんなジャンル映画のテンプレを見事に裏切ってくる。その後、“娘のために行動開始”という展開で遂に本領発揮かと思いきや、なんとここでも病気の赤ん坊がいたので強盗をボコることなく退散。「あーもう!せっかく暴れられると思ったのに台無しだよ!」とハッチがイライラしていたところ、帰りのバスにチンピラ集団が現れ、「(やったぜ!)お前ら全員ボコボコにする」と“八つ当たり”的に戦闘が開始されるのである。なんと阿呆な話だろう。

このチンピラ集団は確かに迷惑な輩ではあるものの、ヤバいおっさんに何か具体的な被害を与えたわけではない。どちらかと言えば被害者である。ボコったチンピラの中にロシアン・マフィアの関係者がいて復讐に遭うという展開が待っているのだが、ハッチは「家を襲うのは一線超えたでしょ」と相手を非難するものの、そもそもの原因はハッチ自身である。徹頭徹尾、主人公の方が“暴れられる場所”を求めた結果の大騒動であり、このジャンルの他作品に見られる“静かに暮らしたかったのに”とは完全に異なる性質を有している(暴れることの自己目的化というメタ要素が、類似点があまりに多い『ジョン・ウィック』との対比のようで面白い)。なかなか戦いが始まらないという点にも共通しているが、上手くジャンルのテンプレの裏をかいている。

最終的には“無双モード”を発動するものの、最初の戦闘となるバス内での戦いではハッチがあまり強そうに見えないのも面白かった。確かに強いのだが、圧倒的なスキルで敵をなぎ倒すという感じではなく、痛みや危険に対する感性がバグっているだけという印象である。素人相手にそこそこやられているし、何をされても立ち上がってくるゾンビのような意味での強さしかない。“この男には何かありますよ”と散々示唆した上で強いのか弱いのかよく分からないおっさんが暴れ回り、暴れ終わると晴れ晴れとして妻に「最近セックスしてないよね?」なんて言い出す。実にシュールである。

そうこうしている内にロシアン・マフィアとの全面対決となり、ハッチが買収した勤め先の工場での凶悪な『ホーム・アローン』が始まる。ここでハッチの父と弟が参戦し、家族まるごとヤバい人たちなのが明らかとなるのだが、老人ホームに入っている父デイビッドが反則だった。演じているのはクリストファー・ロイドである。半分ボケているかと思われた爺さんがウキウキでショットガンを振り回すなんて誰も想像しないではないか。これはズルい。可笑しすぎる。こうした笑いの要素を交えつつも、最終決戦はアクション映画としてもしっかり楽しめるようになっている。文句なしの満足感だった。

“アクション”よりも“コメディ”にカテゴライズするのが相応しいのではないかと思われる程に愉快な一作である。冒頭の「月曜日」→「火曜日」と深刻そうな雰囲気で曜日が進む割に何も起こらずにループする演出から笑えたし、戦闘シーンで“平和な音楽”が流れるというギャップもよい。家族共闘で『You'll Never Walk Alone』が掛かった時なんて爆笑だった。ブレスレットごときでキレるのもヤバい人感が出ていて好きだったが、そのブレスレットが自宅にあったというオチも最高だった。ある時はテンプレの裏をかき、またある時はテンプレを過剰に強調する。実によいバランス感であった。

バスに乗っていてチンピラに絡まれそうになったところをハッチに助けられた可愛い女の子(ミーガン・ベスト)。彼女の存在がハッチの行動に最低限の正当性を付与してはいるものの、他の乗客と同じくさっさと逃げるべきだっと思う。

マフィアの年金を燃やしてしまったため、管理者ユリアンを倒しただけでは終わらないという意味での結末なのかとは思うが、まるで強そうに見えないおっさんが激ヤバであると明かされる“過程”の方が魅力的な一作であるため、続編はなくてもいいと思う。