オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『血の祝祭日』

Blood Feast, 66min

監督:ハーシェル・ゴードン・ルイス 出演:ウィリアム・カーウィン、マット・アーノルド

★★★

概要

イシュタル復活の儀式。

短評

ゴア(≒スプラッター)映画の元祖と名高い1963年の作品。映画の面白さとしては、「今見ても面白い」という“普遍性”よりも、そのジャンルの先駆者としての“歴史的価値”の比重が高い一作かとは思うが、70分以下の短尺であるため退屈することはないと思う。現代の作品と比べてもグロ描写が凄いということはないものの、元祖であることを踏まえれば高クオリティだと思うし、ストーリーや演技のポンコツ感にも低予算映画らしい味わいがあった。ドラムがスローかつ一定のテンポで鳴り響くBGMは普通に良かった。

あらすじ

若い女性ばかりを狙った殺人事件が続発していた。警察は全く手掛りを掴むことができずにおり、犯人のラムセスは次々と女性を手に掛けていた。時を同じくして、ラムセスの営む食料品店に娘の誕生日パーティーのケータリングを頼みたいという女性が訪れる。ラムセスは古代エジプトの“ファラオの晩餐”を提案し、女性もそれを了承。しかし、ラムセスには晩餐を通じてイシュタルを復活させるという裏の目的があり、一連の事件は“材料集め”のために行われていたのである。

感想

最初の被害者は入浴中に刺殺されるパット(サンドラ・シンクレア)。ラジオで「女性は夜間の外出を控えるように」と言っているのを耳にして外出を取り止めた様子なのに、戸締まりに関しては随分と不用心なものである。風呂での殺害と言えば『サイコ』を思い出すが、同作が1960年の作品であるため、本作はオマージュということになるのだろうか。技術的な問題もあると思われ、攻撃の“瞬間”こそ描かれていないものの、殺された後に“切断された手脚”が風呂に浮かんでいる描写は現代の作品に通ずるものがあり、肉体破壊の表現としてなかなかのクオリティだったと思う。なお、身体の一部以外に浴槽に浮かんだ泡に隠れきらないパットの大きな乳輪が素敵だった(監督はホラーの前はエロが専門だったらしい)。

第二の被害者は、ビーチで恋人とイチャついているところを襲われるマーシー。彼女は頭をカチ割られる。第三の被害者は、モーテルで襲われる女。彼女は舌を引き抜いて殺される。パットと同様に二人とも“瞬間”こそ描かれないものの、殺された後の姿は相当に惨い。耐性のない当時の観客からすればもの凄くショッキングだったのではないかと思う。また、ただナイフで突き刺して殺すのではなく、頭部や舌といった身体の一部を“破壊”するという行為に悪趣味が極まっていてよい。本作の公開当時であれば血糊をドバドバさせるだけでも衝撃を与えられただろうに、その斜め上をいく発想に敬意を表したい。

誕生日を控えるシュゼットの巨乳の友人トゥルーディを白昼堂々誘拐し、遂に材料を揃えたラムセス。意気揚々とシュゼット宅に向かい、友人が行方不明となったのに気にすることなく自身の誕生日を祝うシュゼットの協力で最後の仕上げをしようとする。彼がチンタラしていて儀式の総仕上げに失敗したのと、瀕死の犠牲者から「イタル」という言葉を聞き出した刑事ピートが「イタル→イシュタル→エジプト人のラムセスが犯人だ!」という差別的な発想で犯行が露見する雑な話のまとめ方もまたB級ホラー映画らしかったと言えるだろうか。折角なので儀式を完結させてほしかったような気はするものの、ラムセスが逃げ込んだゴミ収集車に粉砕されるラストは笑った。収集人も人が入ってると知っていて蓋を閉じるなよ。

本作、『2000人の狂人』、そして『カラー・ミー・ブラッド・レッド』が「血まみれ三部作」と呼ばれているそうである。『カラー・ミー・ブラッド・レッド』はプライムビデオで配信されているので観てみようと思う。この他、2002年にルイス監督自ら本作の続編『ブラッド・フィースト 血の祝祭日2』を撮っているのだが、この種の続編は「現代の技術でパワーアップしているのかな?」という期待とは裏腹にショボいだけのこともあるため、あまり期待しないで頭の片隅に置いておこうと思う。

血の祝祭日(字幕版)

血の祝祭日(字幕版)

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