オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ファンタズムV ザ・ファイナル』

Phantasm: Ravager, 85min

監督:デヴィッド・ハートマン 出演:レジー・バニスター、A・マイケル・ボールドウィン

★★

概要

トールマンとの戦い、最終章。

短評

最終章となるシリーズ五作目。遂に全ての真相が明らかとなる完結編……となることを期待していたところではあるものの、このシリーズにそれを求めるのは土台無理な話であった。したがって、「完結編」ではなく「最終章」と呼ぶのが適切かと思う。時空の行き来がこれまでよりも激しくなったことで混乱も大きくなり、18年の時を経て映像的に進歩したかと思えばフィルムからデジタルへの移行で逆にチープ化。シリーズ全作品を観てよかったと満足できる出来ではなかったが、とりあえずお疲れ様でした。

あらすじ

マイクとジョディを探して荒野を彷徨うレジー。盗まれた愛車を取り戻して走り出したレジーだったが、気付くと、年老いた姿で老人ホームにいた。傍らには同じく老いたマイクの姿があり、彼は「君は認知症なんだよ」とレジーに告げる。レジーにはそれが信じられず、これまでに起きたことをマイクに語り聞かせるのだった。

感想

本作ではっきりと理解できたのは、本シリーズが“平行世界もの”であること。トールマンは「この世界の私を倒しても他に何万もいるぞ」と語り、原理的に彼を消滅させるのが不可能であると示唆される。つまり、観客は“レジー”という一つの人格を通じて世界を見ているはずが、どうもこのレジーも平行世界ごとにそれぞれに存在するらしいのである。そこに根本的な解決策は存在せず、その世界ごとに逐一トールマンを倒していくという対症療法を施すしかないらしい。

ある世界のレジーはマイクを追って旅をし、別の世界のレジーは老人ホームに入り、そのまた別の世界のレジーレジスタンスとなったマイクたちと再開して共に戦う。二本の棒を立てただけの転移装置は、実質的には肉体でなく意識だけを平行世界へ飛ばしていることになるのだろうか。かと思えば、夢や、あるいは何も用いることなく転移することもあり、やはり何が何だかよく分からない。老人ホーム世界のレジーレジスタンス世界と同一化した時は、全てはボケ老人の妄想だったのではないかとすら思ったほどである。もう何が何だか……。

何はさておき、一作目の公開から約40年である。ヒット作の続編を粗製濫造して整合性を失っていくというのはよくある話だが、この少ない作品数で、この長期間に渡るプロジェクトを、明確な構想もないままにやり切ったというのは逆に凄いかもしれない。誰だって途中で「もうこれはどうにもならんだろ」と放り投げたくもなるだろう。本作だけは監督が交替しているが、基本的には同じ監督とキャストでやり抜いたという点については作品への愛が伝わってきた。皆、老けた。それだけで少しだけ感慨深い。ただし、それは作品への評価を高めてはくれない。

最後までレジーはレジーだった。彼は旅の途中で立ち往生していたドーン(ドーン・コーディ)という女性を拾い、「乗せてくよ」と彼女を家まで送ったついで泊まっていく。すると、「俺は辛い旅をしてきたから……」と語り出し、「馬小屋で寝てもらうわよ」と断れられるのだった。なお、考え直したドーンが再びレジーの元にやって来た時には既に寝落ちしてしまっており、シリーズには珍しくお色気シーンがなかった。

そもそも邦題に「ファイナル」とあるだけで、原題に“最後要素”はない。トールマン役のアンガス・スクリムが亡くなったので「流石にこれで最後だろ……」と関係者がタイトルをつけたのではなかろうか。正直に言って、彼の意志を継いで続編を作って欲しいとは思わないし、これでファイナルにしておいて欲しい。仮に本シリーズの狂信的ファンである映画制作者がいるならば、ちゃんと話を固めた上でリブートしてほしいものである。もっとも、「整合性」の概念を認識している人が本作の愛好家になれるのかは怪しいものだが。