オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『炎上する大地』

Burning, 86min

監督:エヴァ・オーナー

★★

概要

オーストラリアの森林火災と気候変動。

短評

オーストラリア製のドキュメンタリー映画。2019年から2020年にかけて同国で発生した“Black Summer”と呼ばれる大規模な森林火災を扱った作品である。本作は、その原因が気候変動にあると断定した上で、対策を怠った政府を批判する内容となっているのだが、“悲惨な映像と当事者や活動家の声を重ねる”という紋切り型に終わっており、オーストラリアで森林火災が大変だったという以外に新たな知見は得られなかった。

あらすじ

オーストラリアではかつてより森林火災が度々発生したが、近年、その頻度と規模が高まっていた。科学者たちはその危険性を予測していたものの、オーストラリア経済は化石燃料の輸出に依存しており、モリソン首相をはじめとする保守派は一向に対処しようとしてこなかった。そして、2019年、遂に未曾有の規模の森林火災が発生する。

感想

本作はおおよそのところ三段構成である。第一に、「いつかこうなることは分かっていた」という活動家たちの声と「事実無根!」と反発する保守派たちを紹介。第二に、大規模な森林火災が広まっていく経緯や被害を紹介。そして第三に、それでもなお気候変動問題に対して前向きでないモリソン政権を批判するという構成になっている。これが森林火災に的を絞った話であれば、ある意味では幻想的なまでに禍々しい炎の映像は大変に見応えがあるのだが、気候変動と結びつけた主張となると、作りの粗が目立つ結果となる。

本作で「明らか」だと主張されている気候変動との関係の根拠は、単純な相関や「これまでになかった」という印象論でしかなく、それらは「根拠」と呼ぶにはあまりに弱い。きっと三十郎氏が勉強不足なだけであり、世界中の科学者たちがあれだけ声高に叫んでいるからには、より具体的に(相関ではなく)因果関係を示すデータも存在するのだろう。そうした動かぬ証拠を突き付けてこそ環境問題への理解が高まると思うだが、それをやるには映画というメディアは不向きである。感情に訴えかけるだけの印象操作の道具にしかなりえないという映画の限界を感じさせた。

また、気候変動への対応が積極的か否定的かの二元論的に処理されていることも気になる。たとえば、化石燃料の使用を減らす、最終的には使わなくなることが国際社会のコンセンサスとなりつつあるように見受けられる。しかし、再生可能エネルギーで現在の生活レベルを落とすことなく需要を賄うことが可能なのか、それとも人類全体として不便を受け入れる必要があるのかといった点については統一した見解は示されていないように思う。他にも、これまでに化石燃料をガンガン使って恩恵を受けてきた先進国のために途上国が我慢する必要があるのかといった議論が存在するものの、全てが「やる」か「やらない」の敵味方の論理に収斂してしまうのである。

劇中で元消防局長が次のように語る。曰く、「否定派はどうせいつまでも理解しない。だから私たちで世界を守るための行動を始めましょう」と。この言葉が象徴していると思うのだが、全人類的な問題であるとの認識とは裏腹に、映画は非常に“内向き”であり、仲間内で「モリソンはクソ!」と言い合うことで終わってしまっている印象を受けた。ただし、火災発生時にモリソンが休暇でハワイを訪れていたというエピソードは、「赤坂自民亭」みたいで正直笑った。

ティム・フラナリーという科学者兼作家が、「2050年までに排出量をゼロにできれば、そこから少しずつ気温が下がる」という予測を口にしている。こうした議論の具体的な根拠をこそ紹介してほしいと思うのだが……。また、「排出量ゼロ」が魔法の言葉として用いられているように感じるものの、仮に本当に排出量ゼロを達成したとして、それで一度変化した地球環境が“元通り”ということはありえるのだろうか。「気候変動がヤバい!何とかしなきゃ!」だけでは流石に今更が過ぎる。未だにそのレベルの呼び掛けが必要という事情はあるのかもしれないが、それだけでは作品として物足りない。