オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『残された者 北の極地』

Arctic, 97min

監督: ジョー・ペナ 出演:マッツ・ミケルセン、マリア・テルマ・サルマドッティ

★★★★

概要

北極遭難生活。

短評

マッツ・ミケルセンの極寒サバイバル劇場。非常にシンプルな設定の作品ではあるものの、ほとんど言葉を用いることなく状況や心情を説明する演出が非常に上手かった。言葉がないと分からなかったのは、せいぜい主人公と「ホッキョクイワナ」の名前くらいのものだろう。極限状況における主人公の心中が痛いまでに伝わってくる作品であり、このジャンルの新たな代表作と言ってしまって差し支えないかと思う。

あらすじ

雪をかき分けて大きな「SOS」の文字を地面に刻み、氷に穴を空けて糸を垂らした釣果を確認し、丘の上で救難信号を送る一人の男。彼の名はオボァガード(マッツ・ミケルセン)。救助を待ちつつ墜落機の中で生活する彼の前に遂にヘリコプターが現れるのだが、吹雪に煽られたヘリコプターが墜落。搭乗員二名の内、生き残っていた女を拠点の墜落機へと連れ帰るオボァガードだったが……。

感想

このジャンルの映画の場合、大抵は墜落するシーンから始まるのではないかと思う。あるいは回想として墜落シーンやサバイバル生活開始で悪戦苦闘する様子が描かれることが多いのではないかと思うが、本作はその限りでない。オボァガードは登場時から熟練したサバイバーであり、規則正しくルーティーンを守って極寒の北極の生き抜いている。彼に何が起きたのかは飛行機が墜落したという事実を除いて推測することすらできないのだが、映画が始まった時点で墜落から相当な時間が経過していることだけは察せられる。なかなか面白い構成である。

救助に現れたヘリコプターが主人公に気づかず飛び去ったり墜落してしまうという絶望描写も、通常ならば中盤以降に描かれるケースが多いだろう。本作では早々に登場して墜落し、怪我をして役に立たない一人の女を残していくのだが、この女の存在がオボァガードを動かすのである。オボァガードが怪我をしている彼女を寝かせる時、彼は女を抱きかかえたまましばらく人の温もりを噛みしめる。これもまた彼がこれまで抱えてきた絶望的な孤独を示唆する描写である。他にも、久々の生魚以外の食べ物となるインスタントヌードルに調理することなくかぶりついて「染みるぜ……」みたいな表情を浮かべたり、手に入れたライターで着火したコンロに手をかざしてその熱を噛みしめる。オボァガードに何があったのかは分からないが、今の彼の心中は手に取るように伝わってくる。また、石を重ねてた謎オブジェの正体が墓だと分からせる演出も上手かった。

自分一人でサバイブする方法は確立していたオボァガードだが、そのままではどうなるか分からない女の出現によって遂に墜落機を離れることを決意。実際的には自作の地図とヘリにあった航空写真の組み合わせで現在地を把握できたことが大きいのだが、名前も知らぬ女のために当面は保証されていた安全を捨てる辺りから、彼の「また一人に戻りたくない」という気持ち、そして優しい性格が伝わってくる。女にはほとんど意識がないが、彼女を見守るように女の家族写真を立て掛けてあげる気遣いがグッとくる。

墜落機を捨てて北にある拠点を目指すオボァガード。地図になかった難所の岩場があってルート変更を余儀なくされ、シロクマが出現し、吹雪が発生し、穴に落ちて怪我をし、手袋をしていても指先が凍りつき、その道のりはとにかく過酷である。一人でも大変なのに動けない女をソリに乗せて引いているのだから、これはもう尋常ではない。そんな過酷極まる旅の中でオボァガードが一度だけ女を見捨てる場面がある。衰弱していく女から遂に反応がなくなり、「もうダメか……」と置き去りにするのである。その直後に彼は穴に落ちて岩に脚を挟まれるのだが、なんとか地上に這い出ると女の元へ戻る。この時、彼が女の元へと戻った明確な理由は分からなかったのだが、穴に落ちて“考える時間”が生まれた際にどうしても気になってしまったというところだろうか。ちなみに女は生きていて「ハロー」と口にする。

脚に出来た裂傷を雪で冷やし(治療目的なのか痛覚を麻痺させる目的なのか)、再び女を乗せたソリを引いて先へと進むオボァガード。「もうダメだ……」というところでヘリが見えるのだが、その時のオボァガードの“決死の行動”である。発煙筒を焚いても気付かぬヘリに自らの存在をアピールするため、彼は身につけていたダウンジャケットを燃やす。これはもう取り返しがつかない。これで気付いてもらえなければジ・エンドである。しかし、それでもヘリは飛び去ってしまい、「いやー、そりゃないよー」と思っていたら、最後はハッピーエンドで本当によかった。オボァガードが救助される際の表情を見ることはできないのだが、力尽きて眠りに落ちた彼の背後にヘリが降り立った瞬間にどれほど安堵したことか。

強いて欠点を挙げるとすれば、女の排泄という実際的な問題についての描写がなかったことだろうか。ほとんど食べてはいないものの、水だけは実質的に無限に得られるというのが北極サバイバルの数少ない利点である。起きて小便をさせることもできないし、垂れ流せば冷えてしまう。流石に大人用オムツの準備はないだろう。墜落機を離れればかまくらを作って寒気を凌いだりとリアルなサバイバル描写が魅力的な一作なので、三十郎氏でも思いつくような問題への対処方法くらいは示してほしかった。