オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『エンプティ・マン』

The Empty Man, 136min

監督:デヴィッド・プライアー 出演:ジェームズ・バッジ・デール、サシャ・フロロヴァ

★★★

概要

エンプティ・マン伝説。

短評

グラフィックノベル原作の都市伝説もの。都市伝説という“軽い”印象を与える題材とは裏腹に2時間超の長尺なのだが、若者たちが「都市伝説怪人に襲われる!」とギャーギャー騒ぎ立てるお決まりの展開ではなく、その裏に潜む壮大な陰謀が解き明かされていくという変わり種だった。展開的に似ているところのある『へレディタリー』ほどの重厚感や緊張感が映画を支配しているわけではないものの(恐らく大いに同作を意識しただろう)、配信スルーは惜しいと思えるクオリティの一作だった(長尺だし、演者が決して有名ではないので理解できるが)。こういうのは好きです。

あらすじ

1995年。ブータンでトレッキング中の男女四人組の一人ポールが不思議な物音に導かれるように岩の隙間に落下してしまう。幸い外傷はなかったものの、ショック状態に陥ったポールが動けぬままに3日が経過し、とある事件が起きる。時は流れて2018年。ミズーリ州に暮らす元警察官のジェイムズは、近所に住む少女アマンダ(サシャ・フロロヴァ)が「“無の男(The Empty Man)”がやらせた」と書き残して姿を消したことを受け、彼女の捜索を開始。しかし、失踪の直前にアマンダが友人たちと召喚の儀式を行ったという都市伝説“エンプティ・マン”や彼女が傾倒していた自己啓発団体を調べる内に、やがて怖ろしい事実が明らかとなる。

感想

導入部はもの凄く“普通”の都市伝説ものである。アマンダの友人ダヴァラ(サマンサ・ローガン)曰く、「橋で見つけた空き瓶を吹き、エンプティ・マンの名前を唱えると、彼が現れる」というのがエンプティ・マン伝説の概要。一日目に声が聞こえ、二日目に姿を見せ、三日目に彼に捕まる。その通り、儀式に参加したリサ(ジェイミー・リー・マニー)やジュリアン(Marijke Bezuidenhout)たちにエンプティ・マンの魔の手が……というのはお決まりの展開なのだが、本作は彼らが一人ずつ命を落としていくような話ではない。彼らは橋で首を吊って一斉に死ぬのである(そこにも「エンプティ・マンがやらせた」の文字が)。

続いてジェイムズがエンプティ・マンの魔の手に……な展開であれば定石通りなのだが、本作はアマンダが傾倒していたポンティフェックス研究所という自己啓発団体が実は終末思想系カルトで……という展開が続く。となると、エンプティ・マンを信仰する狂信者たちの仕業だったというのが現実的な落とし所になるかと思うが、完全にそういうわけでもない。ここからは都市伝説とカルトのハイブリッドである。

エンプティ・マンは確かに存在するが、バカな若者たちを怖がらせるだけのチンケな怪人ではない(名前はショボいが)。集団首吊りとは別口となるダヴァラの死亡シーン(ハサミでグサグサ)が“主観”と“客観”に分かれていたことが伏線だったように、ただ襲うだけの存在とは明らかに異なる。エンプティ・マンを利用して何事かを成し遂げようとせんカルトの存在はそれだけで不気味だったが、エンプティ・マンがショボい怪人ではないことで俄然存在感を増していく。何かをしている“人間”と背後に潜む“超自然”の二重の恐怖が襲ってくる。正直に言えば、チープなB級ホラー映画だと思って軽い気持ちで本作を観はじめたため、これは意外も意外だったし、大いに引き込まれた。

冒頭のブータンパートは千手観音みたいな骸骨が格好いいという以外には特に見所もないため、本作が単なる都市伝説ものであれば丸々削ってしまってもよかったかと思う。しかし、そこにエンプティ・マンの“起源”以外の要素があり、結末にも関わる非常に重要なものだったため、この尺になってしまっても削れなかった理由は理解できた(それでももう少し縮めてほしかったが)。ミズーリブータンの話が繋がり、全ての真相が明らかとなった時の展開が『へレディタリー』に似ていて、やはり謎の達成感があった。たとえ表向きはバッドエンドであっても「計画通り」というのが気持ちよく感じられるのは何故なのだろう。結局の所、その方が主人公にとっても“都合が良い”からなのか。

先程、本作が「都市伝説とカルトのハイブリッド」だと書いたが、エンプティ・マンは“存在”と“概念”とのハイブリッドである。“実在”ではない。それは次の依代に乗り移ることで脈々と受け継がれていくが、これは“語られる”ことによってのみ存在しうる都市伝説との共通点であり、別ジャンル映画になったかと思ったら最後に上手くまとまっていて感心した。

姿を見せた瞬間にネタ映画化しがちな都市伝説ものの弱点に抗い、エンプティ・マンのビジュアルも悪くはなかったかと思う。しかし、その直接的な恐怖よりは、ジェイムズが闇深き真相へと近づいていく過程のゾクゾク感の方が魅力的だったように思う。特に、ジェイムズが教団のキャンプに潜入し、信者たちがキャンプファイヤーを取り囲んでグルグルする様子を眺めるだけで怖かった。誰かが“何か”をしていて、それが何なのか分からないというのは凄く不快なものなのだな。

エンプティ・マン
The Empty Man (English Edition)