オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『DUNE/デューン 砂の惑星』

Dune: Part 1, 155min

監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 出演:ティモシー・シャラメレベッカ・ファーガソン

★★★

概要

スパイス戦争。

短評

遂にリンチ版のトラウマから解放される時が来た!「ヴィルヌーヴ監督作だから一応観に行くけど、どうせわけ分からないんだろうな~」とあまり期待していなかったのだが、本作は懇切丁寧に勢力図などを説明してくれることもあり、ようやく「そういう話だったのだか!」と“基本的なところ”で納得することができた。二作分割なので同作と比較するのはフェアではないかもしれないが、話についていけない自身の頭の出来の悪さを呪わずに済むというだけで感動的ですらある。これだけの尺を費やし、重厚な雰囲気を演出してもなお進行に駆け足感があったのは事実だが、映像は紛れもなく“超大作SF映画”のスケールとクオリティであり、概ね満足のいく一作だった。

あらすじ

遠い未来の世界。ハルコネン家は宇宙で最も価値のある物質であるスパイス“メランジ”の採掘を独占することで莫大な富を築いてきたが、皇帝の命により惑星アラキスから撤退。代わりにアラキスにやって来たのは、勢いを増すアトレイディス家。アトレイディス家の当主レト(オスカー・アイザック)の後継ぎであるポール(ティモシー・シャラメ)もまたアラキスへと降り立つが、彼は以前より原住民フレメンの少女(ゼンデイヤ)の夢を見ていた。

感想

「夢」や「ヴィジョン」といった要素が非常に重要な点がデヴィッド・リンチを引き寄せてしまったのかと思うが、御存知の通り、彼は一般観客に“理解させる”ことを得意としていない。それに比べてヴィルヌーヴのなんと親切なことだろう。ハルコネンとアトレイディスの二大勢力、彼らを争わせて勢力を削ごうとする皇帝の陰謀、その裏で別の目的を達成しようとする魔女軍団ベネ・ゲセリット。こんなに分かりやすい権力闘争の話だったのか。物語の核となるメランジの役割がポールの覚醒に寄与する程度のもので不明確なのが難点かもしれないが、少なくとも現段階ではマクガフィンとして無視しても受け入れられるようなストーリーだった。今、リンチ版を再見すれば印象が変わるのではないかという気さえする。しないけど。

物語の骨格を理解できたという点は非常に喜ばしかったのだが、それと引き換えに説明的な描写に終始した感は否めず、一本の映画としての盛り上がりを欠いたのは事実である。たとえば、ハルコネンの襲撃シーンやジャミスとの決闘はもっと盛り上げてもよかったはずなのだが、どちらかと言えば“サラッと”流されてしまった印象である。説明を減らされても困るし、かと言ってスピード進行を心がければ壮大さや重厚さが台無しになるのだろうが、随所に見せる「おぉ~」と唸らせる映像美とは別の形で見せ場を用意してほしかった。あれではハルコネン家の襲来が予期されていたにも関わらずあっさりと突破を許したガーニイ(ジョシュ・ブローリン)たちが阿呆みたいだし、ジャミスなんて無駄にイキっただけのクソ雑魚にしか見えない(あんな通信教育でカラテを学んだオタクみたいに砂歩きするヒョロガリに負けるなよ)。サンドワームは圧倒的な存在感だったが、物語に深く関与していない。全体としてやや一本調子気味だった。

原作は『スター・ウォーズ』などの作品にも大きな影響を与えたとのことだが、逆に本作の画作りは同作の影響を強く感じさせた。たとえば、皇帝の親衛隊“サーダカー”が整列しているシーンなんて、劇伴がハンス・ジマーではなくジョン・ウィリアムズならそのままスター・ウォーズである。三十郎氏の頭の中では『帝国のマーチ』が鳴りかけていた。ハルコネン家の男爵(ステラン・スカルスガルド)も多分にダース・シディアス的だったが、これは原作が輸入元か。男爵は空中浮遊できるので、自分の足で歩かないからあんなにブクブクと太るのだろう。甥のラッバーン(デイヴ・バウティスタ)はマッチョなのに。

原作通りなのか分からないが、“テクノロジー”の部分に古めかしさを感じられる点が楽しかった。「羽ばたき機」と呼ばれる小型飛行機“オーニソプター”が昆虫のようなデザインなのだが、惑星間航行が可能な時代に無駄に羽をブンブンさせているアナログ感が逆によい。採掘機の輸送には“気球”のような装置を用いていたし、ただ青い光を発しながらブォーンと飛んでいくだけの描写とは異なる楽しみがある。戦闘の際の謎の“チカチカ”であるシールドのシステムについても分かりやすく説明されていた。青はセーフで赤はダメ、瞬間点な衝撃は耐えるがゆっくり通されると貫通といったルールがすんなりと理解できるようになっている。

首に突きつけた毒針を持つ手がちょっと震えていて不安になるベネ・ゲセリットの教母(シャーロット・ランプリング)、美人すぎて“数週間前に妊娠した”ことが分かってしまったら息子の性癖が歪みそうなポールの母ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)。彼女たちがフレメンに信じ込ませた迷信である“リサン・アル・ガイブ”にポールが本当になるというのが次作の内容なのかと思うが、このもの凄く“白人の救世主”な内容を現代のハリウッドは何かしらの形で修正してくるのだろうか。

三十郎氏にとっては非常に親切な作品に感じられたのだが、日本の配給が「シネマ・エクスペリエンス」とかバカなことを言って“体験”であると強調していたことを考えると、リンチ版も観ていない全くの初見の観客にとっては難解だったりするのだろうか。映画好きならば“ドゥニ・ヴィルヌーヴの超大作SF”というだけで心惹かれるだろうし、それ以外のティモシー・シャラメ目当ての客に向けた広告なのかとは思うが、これでダメならリンチ版なんてどうなるんだよ。