オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』

The Bra, 89min

監督:ファイト・ヘルマー 出演:ミキ・マノイロヴィッチドニ・ラヴァン

★★★★

概要

ブラジャーの持ち主を探して。

短評

全編台詞なしの不思議なコメディ映画。そのため、主人公の名前も舞台も分からないままブラジャーの持ち主探しの様子を眺めるという謎の体験をすることになるのだが、アゼルバイジャンが舞台のドイツ映画らしい。主人公の行動は『シンデレラ』で王子様がガラスの靴の持ち主を探すのに似ているが、初老男性がブラジャーの持ち主探しとなると多分に変態的である。しかし、その変態的行為を女たちが受け入れているものだから、余計に不思議なことになっている。現実的に考えれば主人公はヤバい人でしかないが、なんだかいい話だったというこれまた不思議な余韻を残す一作だった。

あらすじ

引退を控えた鉄道運転士の男。彼の担当する路線は民家の真横を通っており、いつも取り込みの遅れた洗濯物などが車両に引っ掛かっていた。そして、遂に迎えた勤務最終日。男が運転する電車に引っ掛かっていたのは、青いブラジャーだった。いつものように持ち主に返却しようとする男だったが、ブラジャーの持ち主が分からず、付近の家をしらみつぶしに訪ね歩くことになる。

感想

一人目の候補者は、いつも洗濯物の取り込みが遅れている女(パス・ヴェガ)。名前は分からなかったが、IMDbには「ダリア」と記されていた(ちなみに主人公は「ヌルラン」)。ヌルランが十中八九ダリアに違いないと思ってブラジャーを手渡すと、なんと彼女は「サイズが違う」とその場で“実演”するのである。こんな恩恵が受けられるのであれば、三十郎氏もその辺で適当にブラジャーを購入して「あなたのではありませんか?」と訪ね歩きたいものだが、一発で通報されるのがオチだろう。

ヌルランの行為はシンデレラの王子様とは違ってロマンティックではないものの、意外にも彼を受け入れる町の女たち。二人の候補者のオバさん(マヤ・モルゲンステルン)は明らかにブラに収まる身体をしていないのに「これは私のブラだ」と言って譲らないし、三人目の候補者タンジェリン(フランキー・ウォラック)はブラを身に着けて嬉しげに中東的なダンスを踊りだす。未亡人(イルメナ・チチコヴァ)は「抱いて!」とばかりにヌルランに追いすがる。中には玄関で追い返す者やヌルランを笑い者にする衣装合わせ中の花嫁ミラ(ボリアナ・マノイロワ)のような少女もいるが、常識に囚われない反応が面白い。

持ち主探しが難航し、“ブラジャーの行商”という手段に打って出るヌルラン。新しいブラジャーの中に“中古品”を紛れ込ませ、「これは私の……!」と気付く女性の出現を待つ作戦である。これも変態的にしか見えないかもしれないが、ヌルランを拒んでいた女たちもこれは歓迎する。女がヌルランに温かく対応しているところを怖そうな夫が追い出すという展開が何度かあり、また、ロケ地となったアゼルバイジャンイスラム教国家であることから、家庭に閉じ込められた女たちにとって下着でオシャレをするのは男たちの想像する以上に楽しい行為なのかもしれない。

ここで問題となるのは、ヌルランに“下心があるか否か”だろう。三十郎氏のように“実演”を期待して各家庭を回っているのであれば、後に男たちから受けるリンチ及び処刑が相応しい卑劣漢である。ヌルランが初老で“枯れている”から女たちも安心できるという要素がないでもないのかもしれないが、実はヌルランの方も全く枯れてしまっているわけではない。筋肉不足で失敗に終わったものの嫁(サヨラ・サファーロワ)をもらおうとしていたし、電車から見かけた“ブラを外す後ろ姿”が脳裏に焼き付いて離れかなったりする。一応は“運命の人”を探していて、そこにはまるで少年的な“憧れ”が存在するのである。

しかし、ヌルランが探しているのはあくまで“ブラジャーの持ち主”であって、“付随的なエロ”には全くの無関心というのが本作の面白さ。それ故に、梯子を使っての家宅侵入や、医者とナース(Sevinj Aliyeva)に薬を盛って検診車を乗っ取っとる“ブラ診断”といった犯罪的行為が温かみのある滑稽な光景となる不思議である。後者の際には、ヌルランが医者ではないと気付いた女(マナル・イッサ)も「頑張ってね」とばかりに彼を励ましていた。

ブラの持ち主を見つけようと頑張りすぎて殺されかけたヌルランだったが、犬小屋で暮らす少年が“同柄のパンツ”が干されているのを発見。しかし、「会わないの?」と不思議がる少年を他所に、ヌルランは「もういんんだ」とブラを干し、ホームレスの少年を連れて帰宅するのだった。少年という仲間を得て、孤独を紛らわせるための“運命の人”は必要なくなったのか。それとも、無事にブラジャーを持ち主を返すことができればそれで満足だったのか。ヌルランの心中は分からないが、なんだか凄くいい話だったような大団円となっている。運命の人(チュルパン・ハマートヴァ)はすぐ近くにいたわけだが、あえて会わないことでヌルランの優しさが光るのだった。

そんな印象は受けなかったのだが、女性出演者はヨーロッパ各国から集められたらしい。そうした点からも本作がいかに“ファンタジー”なのかが分かるわけだが、ノスタルジックな雰囲気の町並みや映像が、この温かくも不思議な物語をより魅力的なものにしていた。