オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『グローリー 消えた腕時計』

Слава(Slava/Glory), 101min

監督:クリスティナ・グロゼヴァ、ペタル・ヴァルチャノフ 出演:ステファン・デノリュボフ、マルギタ・ゴシェヴァ

★★★★

概要

ある保線員の災難。

短評

ブルガリア映画。正直者が馬鹿を見る非常に胸くそ悪い一作である。女官僚のキャラクターがあまりに“悪役的”すぎて序盤は少し笑って観ていられたが、何の落ち度もない主人公が直面する苦難には流石に胸が痛んだ。冒頭に問題提起される汚職の構図から他者を人とも思わぬ程に見下す人間の存在まで、それほど誇張しているとも思えない嫌なリアリティがあり、観ているのがイヤになるくらいにはいい映画だったと思う。ちなみに『ツァンコの腕時計』という仮題があったらしい。

あらすじ

ある日、仕事中に大金が落ちているのを発見した保線員のツァンコ。それは薄給に未払いまで重なっている彼には目も眩む程の金額だったが、正直に通報する。この“美談”に目をつけたのが、運輸省の広報担当スタイコヴァ。運輸省は車両の払い下げ問題に揺れており、“目くらまし”として利用可能だと考えたのである。ツァンコは運輸省へと呼ばれ、大臣から表彰されるのだが、記念品の腕時計を受け取る直前にスタイコヴァに回収された自身の腕時計が返ってこなくなってしまう。

感想

ツァンコは吃音持ちであり、取材映像を見た広報チームは彼を全力で嘲笑する。ツァンコが善良な市民として表彰されてもそこに敬意はなく、ただ利用するための存在でしかないことが言動の節々から伝わってくる。本人の話など一切聞かず、「こうしてああして」と一方的に指示し、表彰式が終わってしまえば“用済み”となって誰も相手にしない。日本でも表彰を受けている人たちがこんな扱いを受けているのか分からないが、表彰を“仕事”として担当する職員に称える気持ちなんてないというのは、割とあるあるなのではないか。確かにイヤァな雰囲気ではあるが、この辺りはズボンの交換の描写など、まだ笑っていられるところではある。“嫌な裏側”を見せられて、「表彰なんて所詮はこんなものか」と。

スタイコヴァが時計を返すことなく帰宅してしまったため、翌日以降、返却を求めて運輸省に電話を掛けるツァンコ。これを知ったスタイコヴァは「腕時計?誰かに渡したでしょ?」「知ーらない、たまには私なしで何とかしといてねー」と放置。あまりにクソな対応で少し笑えるが、父の形見である時計を取り戻そうと必死なツァンコの姿を見ていると、笑っている場合ではなくなってくるのである。

時計を紛失したので別の時計で茶を濁そうとするスタイコヴァに対し、運輸省の不正を追求するジャーナリストに連絡して報復するツァンコ。これが“最終手段”になるかもと思っていたのだが、より残酷な展開が待ち受ける。力になってくれると思われた“正義の人”であるはずのジャーナリストもツァンコを利用しようとするし、対するスタイコヴァは冤罪をでっち上げてツァンコを逮捕させる。こうなると完全に笑えない。いくらなんでもやり過ぎである。ウサギに水をやるために謝罪文の発表を受け入れるツァンコの“無垢な姿”に余計に胸が痛む。ツァンコは少し頭が弱いのだろうが、何も悪いことをしていない。“ダメな人がダメなことをしてダメになっていく”話ではないのである。

本作と同じ監督コンビの『ザ・レッスン 女教師の返済』では同情される側の主人公を演じていたマルギタ・ゴシェヴァだが、本作では全観客が「なんとかしてこいつに痛い目に遭ってほしい」と願う脇汗クソババアを怪演。よくあそこまで人を見下せるものだと思うが、残念ながら現実にも同じような人格の持ち主は間違いなく存在する。彼女が保線員の自殺報道を目にして動揺する姿は、「お前がショック受けても何の足しにもならねえんだよ!死ね!」と余計に見る者を苛立たせる。ツァンコが燃料の盗難を告発された同僚たちに拉致される場面もあるため、「今更時計を見つけても遅いだろ」という腹立たしさもある。

100分近くイヤな時間を過ごした後に、実はツァンコは生きていて、腕時計も戻ってくるという結末。これだけでは到底納得できるものではないのだが、三十郎氏が「このクソ女は保線用のレンチで頭をカチ割るくらいが丁度いい」と思っていた通りになって笑った。映像はツァンコがレンチを手に取る場面で途切れているものの、EDロールの途中から下手くそな口笛が聞こえてくるので、ひと仕事終えた彼が音楽を聞いている運転手に帰るよう伝えに言ったということでよいのではないか。ツァンコを待ち受けていた災難は本当に悲惨だったが、この口笛から“スッキリ”した感じが伝わってきて救われる。ツァンコはブルガリアの『ジョーカー』だ!!

線路で一枚目の紙幣を見つけた時には「ラッキー」とポケットに仕舞っておくツァンコ。それが二枚目で「あれ?」となり、大金だと判明すると通報する。同僚たちは大金を黙って我がものとしなかったツァンコを「大バカ賞」と笑っていたが、本人は恐らく“ビビった”のだろう。そんな小市民ぶりにもリアリティがあったと思う。また、上機嫌に「仕事どうよ?君も自由に質問してくれ」と言っていた大臣が、未払いと燃料盗難問題について質問されるなり「あー、そういうのじゃないから」と無視する姿もリアルだった。