オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『007 スペクター』

Spectre, 148min

監督:サム・メンデス 出演:ダニエル・クレイグ、レア・セドゥ

他:アカデミー賞歌曲賞(サム・スミス

★★★

概要

ストーカーおじさん「実は全部私の仕業だったのだ」

短評

前作『スカイフォール』から一転して“いつもの007”へと回帰した感の強いシリーズ24作目。前作でクレイグボンドの物語に一区切りついたことを考えれば、ここで“正統派ボンド”をクレイグが演じてみるのも悪くはなかったかと思う。しかし、同作から再利用したシリアス過ぎるBGMや二時間半近い長尺が、随所にコミカルな描写を挟んだ“お気楽感”とアンバランスに感じられた。個々のシーンについては素晴らしく、楽しいことは間違いなのだが、高まりすぎた期待を超える程ではなかったという印象である。

あらすじ

メキシコシティで建物倒壊とヘリの“暴飛行”の騒ぎを起こし、「MI5との統合問題で立場が危ういのに!」とMから怒られたジェームズ・ボンドダニエル・クレイグ)。彼は無期限の停職処分を食らうものの、Q課の新車DB10を強奪してローマへと向かう。実は生前の旧Mがボンドに「スキアラを殺せ」という指令を残しており、メキシコシティで殺害したのはその男だったのである。スキアラの未亡人ルチア(モニカ・ベルッチ)に接触したボンドは、タコの紋章が刻まれた指輪をつけた謎の組織の集会へと潜入する。

感想

本作の悪役フランツ・オーベルハウザー改めエルンスト・スタヴロ・ブロフェルド(クリストフ・ヴァルツ)。彼はボンドの里親の息子であり、ボンドにとっては義兄に当たる。そのブロフェルドが「実は全部私の仕業だったのだ」と過去作の悪役との繋がりを主張するのは前作と同じく“精算路線”なのかもしれないが、既に精算は完了してしまっている。彼はただの後出しな“ストーカーおじさん”の感があった。本作の敵に含意があるとすれば、「政府サービスに民間資金に導入すると歪められる」といったところか。

ハンス・ランダ大佐役で鮮烈なインパクトを残したヴァルツがスペクターのボスを演じるとなれば、これはいやが上にも期待が高まるが、本作の彼は“大物ぶった小者”の感が強い。スペクターの集会では無駄に言葉を発さないことで威厳アピールしているが、わざわざ側近から耳打ちしてもらう姿は日本の政治家の答弁のようである。ブロフェルド自体がそういうキャラクターなので正しい印象を残す演技ではあるものの、こいつが悪の総元締めではなあ……。

ブロフェルド自身が前線には出られない“黒幕タイプ”なので、定番の“パワー系部下”も復活。鉄爪おじさんヒンクス(デイヴ・バウティスタ)との三度の戦いは、いずれも本作の大きな見所となっている。ローマ市内のカーチェイスは、二台の車も夜景も本当に美しく、歴代屈指である。あれはもうズルい。列車での戦いは、ファイティングポーズを取ったボンドをヒンクスがタックルで吹っ飛ばすシーンが好きだった。これも別の意味でズルい感じのする強さが好きである。

二作品続けて実質的に“正ヒロイン”の不在が続いていたが、本作のボンドガールは、死者の日デートのお相手エストレーリャ(ステファニー・シグマン)、恐らくは唯一ボンドよりも年上で歴代最年長の“ボンドウーマン”となったルチア、そしてMr.ホワイトの娘マドレーヌ(レア・セドゥ)の三人。進化を続けてきたボンドガールだが、一人目はただのコンパニオン、二人目はセックスしてペラペラと情報提供するだけの女、そして三人目もボンドに守られる美女と、この点においても先祖返りした感が強かった。マドレーヌは『女王陛下の007』となる“ボンドに引退を決意させた女”であり、「住む世界が違う」と別れを決意する彼女のためにボンドはブロフェルドを“殺さない”という選択をする。これまでは“殺したつもりが生きていた”な展開がお約束だったと思うが、この違いは最新作に何かの形で活かされるのだろうか。もっとも、マドレーヌが他のボンドガールと比して特別だと感じられる要素は特になかった。

これまでシリアス一辺倒だったクレイグボンド作品だが、本作はコミカルな描写が多い。ソファへの着地、009向けのBGM、ノロノロ運転おじさん。これらのネタはフフッと笑えて好きなのだが、上述の通り、緊迫感溢れるBGMとのギャップがあり、少々狙いがボヤけた印象を受けた。Qが「I believe I said "bring it back in one peace", not "bring back one peace" 」と言って自分でウケているシーンが好きである。

ますますタイトになって“現代の鎧”という印象を受けるスーツだが、白のタキシードが登場した辺りにはムーアボンド感があった。他に、敵アジトの爆発炎上がギネス記録となったり、その直前に見せるボンドの射撃精度がTVゲームの如き高さだったりと、随所で“遊んでいる”感があった。

劇場公開当時、三十郎氏は本作をバンコクの映画館で観たのだが(日本よりも公開が一ヶ月も早かった。サイアム・パラゴンのIMAXはデカい!)、次の上映会を待っていると思しきおじさんが「『スカイフォール』より良かった?」と出てくる人にウキウキで問い掛けていたことを覚えている。質問された人は少々反応に困っていた。映画館にはDB10でなくDB9が展示されていた。

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