オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『007 スカイフォール』

Skyfall, 143min

監督:サム・メンデス 出演:ダニエル・クレイグジュディ・デンチ

他:アカデミー賞音響編集賞(パー・ハルバーグ他)、歌曲賞(アデル)

★★★★★

概要

MI6の亡霊。

短評

オスカー受賞監督を招聘し、シリーズの歴史を塗り替える一作となった23作目。アクション、ストーリー、ファッション──全てが最高である。圧倒的に格好いい。“誕生”から始まったクレイグボンドの物語が本作をもって完成し、彼は見事にボンド役を自分のものにしてみせたように思う。演出の面では「静」と「動」の対比が非常に効いており、長尺ながらも全く退屈することがなかった。加えて、ロジャー・ディーキンスが手掛けた映像もシルエットを利用したシーンが美しく、何度でも観ていられる程に完成された一作となっている。007シリーズらしくない作品かもしれないが、現代の観客の感覚に対応した、三十郎氏にとってのシリーズ最高傑作である。

あらすじ

テロ組織に潜入中のNATO諜報員リストの入ったHDDを追い、イスタンブールへと飛んだジェームズ・ボンドダニエル・クレイグ)。諜報員を殺害した刺客と揉み合った末に、同僚(ナオミ・ハリス)の狙撃が誤命中して命を落とす。ボンドとHDDの両者を失ったMI6は、MのPCがハックされ、更には本部が爆破される。実は生きていて酒と女の生活を送っていたボンドは、爆破のニュースを見てロンドンへと戻る。

感想

二つの意味での「過去」が襲いかかってくる話である。第一に、文字通りの“過去”。Mがマネーペニー(これまでのイメージから180度変化しているので最後に名前を明かす場面は驚いた)に狙撃を指示したことに対し、ボンドは「信じて任せてくれればよかったのに」と漏らすが、Mはこれを「お互いプロだし分かってるでしょ」と一蹴。この冒頭の関係性が象徴するように、“影の世界”から国民を守る彼らは身内に対してすらある意味では冷酷であらねばならず、今回は“汚れ仕事”のツケが回ってきた形である。シルヴァの存在はそのメタファーでしかないわけだが、ハビエル・バルデムが抜群の存在感をもって魅力的なヴィランにしてみせたと思う。

第二に、自分たちが“過去になる”こと。Mはマロリー(レイフ・ファインズ)から引退勧告を受け、HDD紛失の件で開かれた審問会ではスパイ不要論が説かれる。若きQ(ベン・ウィショー)も「007よりパジャマの僕の方が強い」などと言い出し、ボンドの肉体も復帰テストを正規ルートでは合格できぬ程にボロボロにくたびれている。スパイという存在そのものが、冷戦が終わって過去の遺物となろうとしている。これら二つの意味での過去にボンドたちが抗い、「過去」と「現在」が融合し、改めて自己の存在意義を確立する(今回の覚えておきたい英語は「resurrection」)。アクション映画専門でない監督を招聘したことにより、このシリーズにおいては“余計なもの”だとすら思えていたドラマ要素が見事に描かれていた。そして遂に“完成したジェームズ・ボンド”が、新Mの問い掛けに対して「With pleasure」と応えるラストのワクワク感と言ったら!そこに待っているのは「未来」である。かくして、クレイグボンドの物語は完璧に締め括られた。

もっとも、ドラマの方にばかり注力してアクションが蔑ろになっているということは全くなく、「静」と「動」の対比の効果もあって迫力と緊迫感は他作品以上である。グランバザールの屋根でのバイクチェイスやボンドの実家での“大人版ホーム・アローン”は圧巻。また、後者の前にDB5とテーマ曲を登場させたり、“準備”の描写で徐々に盛り上げていく演出も非常に上手い。

クレイグボンドの前二作品が“ビギニング”であったことを踏まえれば、そこから二、三作品を挟んでから描かれるべき物語だったかとは思うが、前作の公開から四年空いたことをもって「色々あったのだろう」と脳内補完するより他にないか。ただし、標的をすぐに殺して手掛かりを失う悪癖はそのままのようだった(空港からパトリスを尾行する際の“変装”が逆に目立っているのはツッコミどころか)。

本作のボンドガールは、“死亡中”のボンドの恋人(トニア・ソティロポロス)、シルヴァの愛人セヴリン(ベレニス・マーロウ)の二人。Mこそが本作のボンドガールという見方もあるだろうが、マネーペニーやMは“特別枠”であって、ボンドガールの括りに入れるのは間違っているように思う。セヴリンを演じるベレニス・マーロウが“国籍不明”といった趣のエキゾチックさなのだが、フランス人の母とカンボジア人と中国人のハーフの父の間に生まれたのだとか。ボンドの格好よさは見てそのままだが、スパイ不要論を突きつけられたMが「How safe do you feel?」と敢然と反論し、テニスンを引用する姿の威厳も圧巻だった。

トム・フォードのスーツを着用しているのは前作からのはずだが、本作ではよりシャープのフォルムとなっている(他ボンドより短かった髪もより短くスタイリッシュに)。これがあまりにも格好よくて、三十郎氏がオメガの時計以外の“ボンド御用達”に興味を持ち始めたのも本作からである。おかげでスーツに関する知識は増えたものの、あのタイトなシルエットが様になるだけの筋肉も、トム・フォードを買うお金もない。ボンドが上海で着ているPコート(Billy ReidのBond Peacoat)や大人版ホーム・アローンする時のブーツ(Crockett&JonesのIslay)なんかは、もの凄く背伸びすればギリギリ手が出そうだと思ったことはあるが、あの価格帯の商品を試着せずにネット通販する勇気と経済的余裕はない。マッカランを飲みはじめたのは本作のボンドではなく、『結婚できない男』の阿部寛の影響。