オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『SF核戦争後の未来・スレッズ』

Threads, 117min

監督:バリー・ハインズ 出演:カレン・ミーガー、リース・ディンズデール

★★★

概要

核戦争の恐怖。

短評

1984年にBBCが放送したテレビ映画。「悲惨」の一言だった。8月6日に首相が読み飛ばしするスピーチを聞くよりもよっぽどくるものがあると思う。地球上に存在する核兵器の量が多すぎるために、報復攻撃のリスクが高すぎて全面的な核戦争には至らないだろうという正常性バイアスが普段は核の脅威を過小評価させてしまうが、「本当に起きてしまうと……」の怖さである。そこには「起きてしまったらどうすべきか」という“ハウツー”など存在せず、絶望だけが待っている。報道を見て不安がる友人に対して「どうせ何もできないし、どうせなら即死がいいな」と口にする男が出てくるのだが、正にその通りだと思った。

あらすじ

イラン情勢を巡り米ソ関係が緊迫。両陣営は核兵器の配備に突き進み、市民にも恐怖が伝染。緊急事態への備えが徐々に進められるが、町では略奪やデモが頻発する。そして遂にソ連による全面的な核攻撃が開始され、生き残った人々にとっての地獄の日々が始まるのだった。

感想

映画の前半は“核攻撃まで”、後半は“核攻撃の後”という構成である。前半では平穏な日常が徐々に恐怖に支配されていく様子や政府の対応が描かれるのだが、市民の様子からはそこまでの危機感は感じ取れない。「まさかねえ……」といった雰囲気である。差し迫った危機に対して「核反対!」とデモしているのも随分とお気楽な感じがするし、労組は「こんな時こそゼネストだ!俺たちは核戦争に加担しないぞ!」と見当外れな事を言った結果、“危険分子”として逮捕されていたりする。確かに“忍び寄って”いることは伝わってくるが(“死体の処理方法”が放送されているのがシュールに感じる)、現実として受け入れられてはいない印象である。

それでも落とされてしまった核爆弾。マットレスやドアを壁に立て掛けた即席シェルターで爆風を耐えたまではよかったものの、そこから先が苦難の連続──地獄である。放射能汚染によって外には出られないために食料及び水がすぐに底をつくのだが、救助する側も同じく外に出られないし、国内全域がやられてしまっているので他地域からの支援も得られない。限界に達して外に出れば被爆するし、食料が欲しければ被爆して弱った身体で労働に参加するより他にない。衛生状態は最悪で伝染病が蔓延し、放置遺体が増えていく。

そうした核攻撃後の“短期的な影響”だけでも地獄そのものなのだが、「ここさえ耐え忍べば……」では終わらないのが核の真の怖さ。舞い上がった粉塵によって太陽光が遮られ、気温の低下と作物の不作を招く。田舎に疎開しようにもどこも放射能に汚染されている。復興作業が捗るはずもなく、絶望の日々が続く。そんな生活が10年以上も耐え、新たな生命も誕生し、希望の一端が垣間見えたかと思いきや……で迎える結末は、その絶望が“いつか終わる”ようなものではないことを、核の使用が取り返しのつかないものであることを象徴していたように思う。

本作はそんな核の恐怖を非常に淡々と映し出していくのだが、時折挿入される衝撃的な描写もまた強烈だったりする。たとえば、“赤ん坊の丸焼き”を抱っこしている女が放心していたり(彼女に同情している余裕すらない)、“セルフ出産”した女がへその緒を噛み切っていたり。羊の死体を被爆を恐れながらも「それでも食わなきゃ死ぬ」と貪ってみたり、ネズミが“good food”として取引されていたり。阿鼻叫喚の野戦病院の様子は半分ホラー映画である。学校も再開されなので子供たちが教育番組のビデオを見ているシーンがあるのだが、その表情は完全に死んでいた。

「もう少し国際的な支援があっても……」と思わなくもないだのが、3000メガトン使用された内の210メガトンが英国内とのことだったので、西側世界は崩壊している設定なのだろうか。