オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『TOKYO!』

TOKYO!, 111min

監督:ミシェル・ゴンドリー他 出演:藤谷文子、ドゥニ・ラヴァン、香川照之

★★★

概要

仏仏韓の三人による東京三景。

短評

東京を舞台にした三篇のオムニバス。ミシェル・ゴンドリーレオス・カラックスポン・ジュノの三人の監督たちがどれほど東京のことを知っているのかは分からないが、割と上手く東京という街を表現していたのではないかと思う。それも“外国人から見たTokyo”の紋切り型に陥ることもなく、日本人である三十郎氏が観ても納得感と意外性の両方があるというのが面白い。それぞれに独創的な物語となっているのだが、何を言わんとしているのかなんとなく理解できたような気がしなくもないのは、三十郎氏が日本人だからだろうか。

感想

高校の同級生アケミ(伊藤歩)を頼り、映画監督(志望)の恋人アキラと上京したヒロコ(藤谷文子)。物件探しは捗らず、バイトにはアキラだけが受かり、車は駐禁でレッカーされてしまう。徐々に自分の居場所を見失うヒロコだったが、彼女の身体に異変が起こる。

夢追い人(=ニート)のアキラたちとは違ってちゃんと働いているアケミですらうさぎ小屋の如き極狭の部屋住まいを余儀なくされ、田舎者が「これくらいあれば足りるか……」と見積もっていた金額よりも遥かに高い金を出してもクソみたいな部屋しかない(カプセルみたいな部屋が面白い)。東京の住宅事情は日本人の目にも異様に映るが、不動産価格の上昇著しい諸外国の都市部の状況もなかなか厳しそうな気はする。

そんな住みづらい街に恋人と一緒に出てきたヒロコだが、その志も能力も極めて低く、自分には居場所がないと感じるようになる。アキラの方もただのアルバイト青年だとは思うが、彼のような“夢”すらないとあっては、「自分には何もない」と感じられるのも自然なことだろう。その不安を“身体に穴が開く(=空っぽの中身)”という形で表現したのが面白かった。ヒロコは最終的に“椅子”となって幸せに暮らすのだが、黙って男を支えるのが日本の女性像といったところか。その価値観に対して特に否定的という印象は受けなかったのだが、もしかして三話目と繋がっていたりするのか。

東京のマンホールから出現しては暴れ回り、マンホールに帰っていく一人の男(ドゥニ・ラヴァン)。彼は“下水道の怪獣”と呼ばれ、人々から恐れられる。やがて彼は地下で発見した戦争の遺物である手榴弾を用いて爆破テロを敢行。遂に逮捕された男は裁判に掛けられるのだった。

ゴジラ』の劇伴をバックに暴れ回るメルド。いかにもレオス・カラックスで意味不明に感じられたものの、その傍若無人ぶりは意味不明ながらにも楽しかった。また、物語が進む内に本作においてより重要なのはメルドよりも“東京”であることに思い至ると、なんとなくその存在が意味するところも見えてくるような気がする。

メルドに戸惑ったり、ネタにしたりする民衆。彼が逮捕されると、「神國」ハチマキを巻いた者は「メルドを吊るせ!」と、「FUCK JAPAN」Tシャツを着た者は「メルドに自由を!」とデモをする。排外主義にしてもアイコン化にしても、その“反応”の仕方は日常的に見られるものである。メルドが意味不明なのは彼が“外国人”だからであり、日本における外国人の扱いが正に“エイリアン”であることを象徴していたのではないか。

メルドが「俺はお前たちの息子だ」と証言している通り、彼は第一義的には東京という街、日本という国が産み落とした“糞”である。その意味では日本に対して強く批判的だとも思えるが、一方のメルドも「日本人の目は女性器の形をしているから嫌い」なんて言っているので“お相子”である。我々も彼らにとってのエイリアンなのだ。互いに相手のことなんてよく知らないままに自分の都合を押し付け合っているという皮肉に、監督はどこまで自覚的なのだろう。正に糞の投げ合いである。

引きこもり歴10年の男(香川照之)。父からの仕送りで金には不自由しないし、電話を掛ければ何だって配達してもらえる。部屋は芸術的なまでに整理整頓され、土曜にはピザを頼むという生活を楽しむ男だったが、ピザ配達人の女(蒼井優)のガーターに目を奪われ、つい彼女と目を合わせてしまう。その瞬間、地震が発生し、女が倒れてしまう。

果たして、“引きこもり”という存在が日本に特有のものなのかは知らないが、ポン・ジュノの興味を引くものだったらしい。しかし、その姿は確かに異様であるものの、一方で“意外に悪くない”ものとして描いているのが本作の面白さ。男が「ピザ配達人ちゃんに会いたいよお……」と意を決して外出してみると、“都民総引きこもり化”しているという話なのである。「働いたら負け」に皆が気付いてしまった世界線なのである。男が引きこもる前の回想描写もあるのだが、確かに引きこもっていた方が幸せそうである。

そんな素敵な引きこもりライフだが、それでは当然得られないものもある。「愛」である。心の揺らぎを地震で表現するというダイナミックさ、恋のスイッチ(物理)の愉快さ。直截すぎるメッセージの発信方法が退屈になってしまわないように最大限の工夫が成されていたと思う。一方で、キャリア10年の引きこもり男に若い美女のスイッチを押せるのかという疑問は残る。