オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『アウシュビッツ ホロコーストガス室の戦慄』

Auschwitz, 73min

監督:ウーヴェ・ボル 出演:ウーヴェ・ボル

概要

実録ガス室の恐怖。

短評

ドイツ人ウーヴェ・ボルが自国の負の歴史に真正面から向き合った一作……という“体”なのだが、実質的には『ブラッドレイン3』のセットを“再利用”した作品らしい。どうりで見覚えのある場所が出てくるはずである。ボル本人も出演してなんやかんやと“それっぽいこと”を言っているが、彼が意図したと語る“虐殺の恐怖そのものを描く”ことからはかけ離れた、恐ろしく退屈な内容だった。本作から歴史を学ぼうなどと考える者はいないだろうし、それは避けるべきだが、ボルの天才的発想が垣間見える珍作ではあった

あらすじ

ボルの自己紹介→学生へのインタビュー→アウシュビッツの再現映像→学生へのインタビュー→ボルの締め

感想

冒頭の自己紹介からぶっ飛んでいる。ボルが「監督、製作、脚本を務めたボルです」「こんな意図で映画を作りました」と語るのだが、なんと“繰り返す”のである。三役を兼任したことも、現代においてルワンダスーダンで虐殺が行われたことも。「いや、それさっき聞いたんだけど……」と、ある意味では“未体験”の編集に驚かされること間違いなし。それもボルが口下手というわけでもなく、一度カットが入っているのに同じ内容を大して表現を変えることもなく語り直すのである。天才的な尺稼ぎの技法である。

現代ドイツにおけるナチスの認識を観客に伝えるため、“本編”に入る前に学生へのインタビューが挿入される。この内容が「ホロコーストがいつあったか?1800年代かなあ」なんて酷さなのだが、観客はドイツの若者がナチスについて知らないことよりもここまでの阿呆たちを揃えたことに驚かされることだろう。しかし、ここにもボルの天才的発想が潜んでいる。

ガス室の再現VTRの後にもう一度学生へのインタビューが挿入されるのだが、本編前の阿呆たちとは打って変わって今度は“まともな学生たち”が登場する。中には「イスラエルパレスチナにやっていることは本質的にナチスと変わらない」と鋭い指摘をする者までいたりする(冒頭の自己紹介と最後の締めで同じ内容を繰り返すのも、実は宗教を理由とした虐殺が繰り返されていることのメタファーだったのだ!)。もっとも、重要なのはその内容ではない。“阿呆組”と“賢い組”に学生を分け、それぞれを自身の撮った映像の前後に配置することで、あたかもボルの映画を観て学生が学んだかのように装うことができるのである(できてない)。これは凄い。ボルは天才だ。

本編のガス室再現映像だが、他では出来ないレベルの“淡々と描く”を貫き通すことにより、ある程度の重苦しさを感じさせることには成功していたと思う。ただし、貨物列車で強制収容所に送られ(駅に見覚えがある)、老若男女が同じシャワー室に詰め込まれ、ゲホゲホ言いながら死んでいくだけでは感情移入するのは難しい。金髪碧眼のユダヤ人が割といることや、強制労働させられることもなく若者まで即ガス室行きなのでやたらと皆肉付きがいいこと、頑張って集中して観ればたまにおっぱいがチラリすること──そんなことばかりが気になって仕方がなかった。その状況でボルが“出演”までしてしまうのだから、これは笑わせにきているとしか思えない。