オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』

Spider-Man: Far From Home, 129min

監督:ジョン・ワッツ 出演:トム・ホランド、ジェイク・ジレンホー

★★★

概要

ピーター・パーカーのヨーロッパ修学旅行。

短評

MCU第23作。『エンドゲーム』をもってMCUからは卒業しようと思っていたが、一応は本作までが“フェーズ3”ということで(DMMクーポンの“端数”でレンタルできたのが実際的な理由である)。“エピローグ”とも“プロローグ”とも言えるストーリーについては「スタークさんがいなくなって迷子に成りかけたけどこれからも頑張るぞ!」というお約束どおりのものでしかないのだが、ヴィランの設定には“ポスト・トゥルース”の時代が上手く反映されていて面白かった。その一方で、“5年間消えていた”という設定は上手く活かされておらず、「これからもMCUは頑張ります!」というだけの広がりのない物語に終止していたのは残念である。確かにこれでスパイダーマンMCUから撤退していたら、大変に困ったことになっていただろう。

あらすじ

サノスの指パッチンから5年。アベンジャーズの活躍によって生還を果たした犠牲者たちは、それぞれ5年前の姿のまま新たな生活を再開していた。その中にはピーター・パーカーも含まれており、彼は高校が主催する科学研修旅行でネッドやMJたちとヨーロッパへ。遅れてきた青春を楽しむはずが、ヴェネチアを観光中に突如として水の怪物が出現。現地の言葉で「謎の男」を意味するミステリオが怪物を撃退するものの、その夜、ピーターが電話をシカトし続けていたニック・フューリーがホテルの部屋に現れる。

感想

引率のハリントン先生が「消えてた間に妻を寝取られた……」などと口にすることで“5年間の世界の歪み”のようなものを一応扱っているが、肝心のピーターの方は消えずにイケメンに成長した元ガキンチョにMJを寝取られそうになるくらいのものである。本シリーズの主要人物であるピーター、ネッド、MJ、ベティ(アンガーリー・ライス)、フラッシュは全員揃って消失していたため、彼らの“狭い世界”ではまるでその影響が感じられないのである。一応は二分の一の確率のはずなのに、随分と運の悪い連中が集まったものである。誰か一人くらい生かしておけば話の幅が広がっただろうに。

本作で十分に描かれることのなかった世界の歪みがフェーズ4でどのように扱われるのかは不明だが(あまり大事にしてもアベンジャーズの活躍が薄れてしまうので難しいのだろう)、本作の“ヴィラン”ミステリオが「やーい、引っ掛かった~!ピーターちょろすぎぃいい!」と正体を明らかにする場面からはとても楽しかった。意気消沈するピーターを「飲みに行こうぜ」と誘って“スーツ姿のまま”バーにいるのは可怪しいと思ったが、こんな裏があったか。ピーターもここで異変に気付くべきだったと思うが、その後も明らかな罠に引っ掛かっていたので、割と阿呆なのだろう。しかし、彼を一般人に対するそれと同じ方法で殺せたと思い込んだミステリオもまた阿呆だし、“偽フューリー”も騙されていたし、皆阿呆ばかりなのだった。

ミステリオ自身の胡散臭いキャラクター、隠喩としての性格、そして戦い方のアイディアは非常に面白い。その一方で、アクションの質については、映画内外における技術進歩にも関わらずサム・ライミ版の一作目からほとんど変化しておらず、振り切れた描写が魅力のアニメ版『スパイダーバース』と比べると衝撃度は低い(メカメカしいナノテクスーツよりは本作の“布っぽい”新スーツの方が好きだったが)。本作自体もそうなのだが、“普通に楽しい”のレベルに留まっている感は否めない。安心して楽しめるクオリティに仕上がっているが、それ以上の何かを提供してくれるわけではない。良くも悪くもMCU的だった。

それにしても研修旅行でヨーロッパに行けるなんて随分と裕福な高校である。ハリントン先生も“ライカ”のカメラを使っていたし(水没させる)、きっと教員の待遇も良いのだろう。しかし、プラハも素敵な街だとは思うが、パリからの変更を“アップグレード”扱いするのは流石に無理がないか。プラハに向かう道中のトイレ休憩中に美女から服を脱げと言われて脱いでいる場面を激写されてしまったピーターだが、下から脱ぐのはおかしいだろ。

三十郎氏がMJよりもよっぽど可愛いと思っているベティとネッドがくっついて腹が立ったが、“修学旅行マジック”があっさりと解けて良かった。しかし、その後もネッドが“いい男”ぶっていて、やはり腹が立つ。お前は童貞キャラだろ。彼をモテるように描くのが“コード”ならば、三十郎氏は全力でポリコレに反対するぞ。

多少の不満がないこともないが、やはり楽しいMCUシリーズ。しかし、これからも追いかけ続けるかと言えば、やはり現段階では「フェーズ4まで」との判断は変わらなかった。映画だけならよいのだが、流石にドラマシリーズが増えすぎると“閉じコン”感が酷く、内容に関わらず“カモ”にされているようにしか思えないのである。