オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ウルフ・アワー』

The Wolf Hour, 98min

監督:アリステア・バンクス・グリフィン 出演:ナオミ・ワッツジェニファー・イーリー

★★

概要

ブロンクス引き籠もり生活。

短評

ナオミ・ワッツが脈略なく乳房を晒している「スリラー」と呼ぶにはスリルの足りない一作。主人公を悩ませる“何か”の存在が、荒れる社会という“外部”に対する不安のメタファーなのだろうというくらいの察しはつく。しかし、物語の背景となっている「サムの息子」についてよく知っているわけでもないし、普通に退屈なだけだった。序盤の引き籠もり描写だけは楽しかったので、そこに特化した(たとえば『変態小説家』のような)スリラーの方が面白くなったのではないかという気がする。

あらすじ

1977年の夏。連続殺人犯「サムの息子」が世間を騒がせていた猛暑のニューヨーク。南ブロンクスの一室で引き籠もり生活を送るジューン(ナオミ・ワッツ)という女性作家がいた。部屋から決して出ることのない彼女は、決して名乗ることのない謎の訪問者によるブザー音に頭を悩ませていた。

感想

ブザー音を鳴らす犯人の正体は最後まで明示されないのだが、“不安”や“恐怖”といったところなのだろう。アパートの窓から見える通りは日常的に強盗が行われるような極悪治安、おまけにテレビやラジオでは連続殺人犯のニュース。加えて、作家として一度は成功を収めるも、著作の内容が原因でジューンが家族を失っていると来れば、彼女が「もうイヤ!」と外部を遮断してしまうのも無理はない。そんな外の世界に再び出て行きたくはないものだから、“謎のブザー音”という恐怖の象徴が登場するわけである。

もう少し社会的背景を知っていれば彼女の不安に“深み”が生まれるのかもしれないが、残念ながら三十郎氏はその限りではない。「まあ、こんなところだろう」という漠然とした理解があるだけで、あとは性格の悪い女が「ここにいれば誰にも迷惑を掛けずに済むから」と言うのを聞いて「その通りだからそのまま引き籠もっていてくれ」と思うだけである。これでは面白くない。

また、“それ”が何らかのメタファーであるのは明白なのに、ジューン以外にもブザー音が聞こえる演出は失敗だろう。それが幻聴ではなく確実に存在する“現象”であるならば、どんな形であれ“答え”が欲しくなる。男娼に「イタズラじゃなくて啓示かもよ」なんて都合のよいことを言わせている場合ではない。それならいっそのこと全ての登場人物を妄想にしなくてはならないが、それだと“配達人”が消失してしまい、引き籠もりライフが成立しなくなるというジレンマなのだった。

ジューンの性悪エピソード。彼女を心配して電話してきたマーゴ(ジェニファー・イーリー)に対し、「家には来るな。金だけ送ってくれ」と“お願い”する暴挙。それでも家に来た彼女がゴミ屋敷と化した部屋を掃除してくれると、「私の物を捨てたいなら全部捨てなさいよ!」と初版本まで捨てようとする。書きかけの新作を褒められると「私を哀れんで優越感に浸りたいだけでしょ!」とキレるし、とにかくろくな女ではなかった。社会がどうのこうのと言う前に、これでは単なる人格破綻者である。

ジューンの引き籠もり描写で面白かったものが二つ。一つ目は、ロープを使ってゴミ袋を下に降ろすというもの。徹底した引き籠もりぶりである。しかし、引き籠もりという奴はどうにもモノグサで、自分の筋力が耐えきれなくなるまでゴミを貯めて手を怪我していた。二つ目は、「暑くてやる気出ねぇ……」と遅刻してきた配達人に対していっちょ前に文句を言う場面。母親の料理に文句をつけるヒキニートの如しである。それでこそ引き籠もりだ!