オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『狼の血族』

The Company of Wolves, 95min

監督:ニール・ジョーダン 出演:サラ・パターソン、アンジェラ・ランズベリー

★★★

概要

本当はロリコン赤ずきんの物語。

短評

グリム童話赤ずきん』を翻案したダーク・ファンタジー。「(少女を)食べちゃうぞ~」な狼がロリコンの隠喩ではないかと昔から思っていたのだが、本作では割と明確にその路線で描かれている。加えて、少女の性の目覚めといった要素もあったりして、直接的な描写があるわけではないものの、子供の頃から親しんできた童話を独特のエログロ世界へと見事に変貌させていた。人狼の変身シーンも凄まじく、特に一匹目の特殊メイクには眼を見張るものがあった。

あらすじ

少女ロザリーン(サラ・パターソン)は夢を見ていた──森の中で迷った姉アリスが狼に殺害され、彼女の葬式を終えた後、祖母の家へと向かう。そこで祖母がロザリーンに狼男の話を始める──曰く、かつて行商人と結婚した村娘がいたが、新婚初夜、夫は小便に出たまま家に戻ってこない。そのまま消え去ってしまった夫が狼に襲われたのではないかと妻は心配するが、その後、再婚した妻のもとに消えた夫が戻ってくる。

感想

多重の入れ子構造である。眠って夢を見ているロザリーンの現実世界が第一層。彼女の夢の中の世界(赤ずきん)が第二層。そして、夢の中で祖母やロザリーンが物語る複数の世界が第三層である。この内、第二層が映画のメインということになるのだが、第一層の様子が度々意味ありげに挿入されるため、第二層の物語の行方と共に、それが現実といかにリンクするのかが映画を引っ張る軸となっている。余談だが、こうした多重の入れ子構造の場合、第一層の更に上の第ゼロ層の非存在をどうやって確信すればよいのだろう。

村娘と行商人の話を終えた後、祖母は次のように語る。曰く、「男は女を手に入れると横暴になる」「男は獣と同じだ」と。この時点で割と明確に「狼人間=男」の構図が示され、最後に登場する人狼が明らかにロリコン野郎だという展開が待っている。原作だと赤ずきんを助けてくれる猟師が狼というおまけつきだし、「ポケットの中にいいものがある」は完全に変態の言葉である。しかし、その過程に性の目覚め要素を挿入しておくことで、単なるロリコン糾弾路線とは異なる寓話性が生まれている。

たとえば、ロザリーンに言い寄る少年との追いかけっ子中に“巨大キノコ”が出てくるのは、“少年自身”の表現だろう。ロザリーンが巨木に登って見つけた鳥の巣で“赤い口紅”を入手し、卵が割れると人間の赤ちゃんの人形が出てくるのは、“初潮”の隠喩だろう。他にも、両親の行為を目撃したロザリーンが、翌朝母に「変な声出してたけど、アレって痛くないの?」と尋ねると、母は「女には男の中の獣が好きな時もある」と返す。これらの明らかな性的隠喩の末に、ロリコン人狼がロザリーンに「君の胸の内の欲望を賭けよう」とから言い出すものだから、人狼が性に対する興味と恐怖の両方を象徴していることは明らかである。

したがって、“赤ずきん”ロザリーンも黙って狼に襲われるわけではない。彼女は既に“分かっている”のである、狼を、男という存在を。祖母に成りすますこともなく彼女を待ち受けていた人狼に対し、銃を向けて「服を着てる時だけ人間なの?」と告げるなんて最高ではないか。後は、この“目覚めた少女”ロザリーンの物語が第一層でどう結実するのかが注目となるわけだが、ロリコン人狼に雌人狼と牧師の話を聞かせたロザリーンは狼に変身し、第一層で彼女が眠っている部屋に狼の群れが飛び込んでくる。分かりやすい隠喩的物語かと思われたが、最後の最後に「???」である。少女の中の狼が目覚め、群れが迎えに来たのか。

人間から狼への変身シーンの中では、行商人のものが面白かった。狼人間の変身シーンと言えば、“毛が生えてくる”イメージがある。行商人はそれとは逆に、自らの皮膚を剥ぎ、骨格が変化して『バイオハザード』のゾンビ犬みたいになるのである。他の変身でも、「狼人間」と聞いて思い浮かべるような半人半獣ではなく、変身後は完全に“狼そのまま”の姿となっている。人間の秘めた性衝動は獣のそれと全く変わらないということか。性欲を完全に消し去ることに成功した時、我々人類は次のステージへと進むだろう。

行商人は現夫にスコップで頭を切られ、ロザリーン祖母はロリコン人狼にチョップで頭をふっ飛ばされる。どうにも軟弱な首ばかりの世界である。この時、ふっ飛ばされた祖母の頭部が陶器で出来ていて割れるのだが、これにはどんな意味が込められているのだろう。