オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『THE GREAT ~エカチェリーナの時々真実の物語~』

The Great

監督:マット・シャックマン他 出演:エル・ファニングニコラス・ホルト

概要

夫が阿呆なので妻がクーデターを起こす話。

短評

エルファニちゃんの顔芸が楽しい“偽歴史”ドラマ。エカチェリーナ2世が夫ピョートルに対してクーデターを起こして女帝となったこと自体は史実だが、「時々真実の物語」と銘打ってある通り、歴史を学ぶ教材とするのには不向きだろう。どこまで本当の話なのかは分からないものの、本来は血なまぐさいドロドロとした権力闘争が非常にコミカルに描かれていて楽しかった。

あらすじ

貧乏貴族の娘エカチェリーナ(エル・ファニング)は大いなる希望を胸にロシア皇帝ピョートル(ニコラス・ホルト)に嫁いできた。しかし、彼女を待ち受けていた夫や宮廷の実像は理想から遠くかけ離れたものだった。やがてエカチェリーナは夫よりも自分の方がロシアをいい国にできると考えるようになり、メイドのマリアル(フィービー・フォックス)や進歩的な伯爵のオルロらと共謀してクーデターを企てるようになる。

感想

乙女的夢想を抱いてロシアにやって来たエカチェリーナを待ち受ける阿呆皇帝ピョートル。飲み干したグラスは必ず床に投げ捨てて割る野蛮人であり、親友グリゴールの妻ゲオルギーナ(チャリティー・ウェイクフィールド)を夫公認で寝取る桃色野郎であり、愛する母にいつでも会えるように彼女のミイラを展示しているマザコンである。そんな彼が連呼する「ハラショー!」の英語読みである「ハザー!」が非常に間抜けに響き渡る(きっと真似したくなる)。彼がどうしようもないのでエカチェリーナはクーデターを企てるわけだが、その突き抜けた阿呆ぶりが逆に癖になってくるキャラクターだった。もはや彼の奇行の方が本編の感すらあり、最終的に三十郎氏はエカチェリーナよりもこいつの方が好きになっていた。

「こいつはどうしようもないボンクラだなあ」というのがピョートルの印象なのだが、彼のWikipediaの頁を見てみると、肖像画の超絶無能フェイスとは対称的に意外や真っ当な改革に取り組んだことが分かる。この功績だけを見れば名君だと思えないこともない。その辺りの事情をドラマがどう消化していたかと言えば、進歩主義的な妻が夫を上手く操って誘導したという描き方になっている。これには「なるほど」と思わせられると同時に、「操れるのならクーデターで殺す必要なくない?」という疑問が浮かんでくるのだが、実際にその通りなのである。

女性蔑視や宗教上の規制──ロシアの古い因習と戦う正義のエカチェリーナvs阿呆皇帝ピョートルという構図だったはずだが、ピョートルは間男に毒を盛られて死にかけた経験から改心し、妻の話に積極的に耳を貸すようになる。エカチェリーナの方もそんな夫の姿に満更でもない。しかし、既に「賽は投げられた」状態の動き出したクーデター計画を周囲が進めようとし、割と“押し切られた”ような形での決行となる。最終的には夫の根っこの部分である“ロシア”を根絶するために覚悟を決めるエカチェリーナだが、彼女は国家と愛人を天秤に掛けて後者を優先しかけるような子宮ムーブの体現者でもあり、その正義のクーデターにさえも悲壮感の割にはある種の滑稽さが漂っているのだった。

「心はロシア人」と国のための行動であることを強調するエカチェリーナだが、彼女が”ロシア”に対して特別な思いを抱く動機は薄い。したがって、その発言にも自らの権力欲を美辞麗句で糊塗する、ハリウッドセレブの似非リベラル的な軽薄さが感じられる。これはドラマとしての弱みなのか。それとも皮肉を込めた風刺コメディとしての強みなのか。

待望の初体験や子作りは“突っ込んで出したら終わり”という無反応セックスだったが、ピョートルの“舌技”に対して抜群のイキ顔を披露するエカチェリーナ。セックスシーンの数の割にエルファニちゃんのおっぱいは微妙に見えないが、この時の紅潮させた顔や反応はとても楽しいものである。他の顔芸描写だと、妊娠検査のためにガニ股で麦に小便を掛けるシーンがあり、この時の訝しげな表情が最高に笑える。ファン必見の二つのシーンである。ちなみに、麦に小便を掛けるという妊娠検査方法だが、下記リンク先記事によると古代エジプトの時代から用いられていたとのことであり、信頼性も意外に高いらしい。

18世紀ロシアの宮廷に“多様性”があるというのは、意図としてはポリコレ・コードへの対応なのだろうが、「時々真実の物語」におけるそれだと、その“嘘っぱちぶり”を皮肉っているように感じられなくもなかった。ただし、“嘘”という性質が強調されていることによって黒人公爵への違和感は弱くなるし、そもそも“白人”だってロシア人ではない時点で大ウソである。