オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『コリンヌ・クレリー/濡れたダイヤ』

E tanta paura(Plot of Fear), 94min

監督:パオロ・カヴァラ 出演:ミケーレ・プラチド、コリンヌ・クレリー

★★

概要

絵本と動物の連続殺人事件。

短評

コリンヌ・クレリー出演のエロサス風ミステリー映画。彼女の裸体は相変わらず美しかったのだが、それを披露するシチュエーションには全く魅力を感じられなかった。「義務感で一応脱いだだけ」という印象である。彼女のおっぱいがメインの映画としては割と真っ当にミステリーを頑張ろうとした跡の感じられる脚本だったかと思うが、穴があるのはともかくとして、唐突に放り込まれるエロシーンとのバランスが悪く、その割にはエロシーンも少なくと、何がしたいのかよく分からない一作だった。

あらすじ

ミラノで連続殺人事件が発生。現場にはある絵本の挿絵が残されていた。事件を追う刑事ロメンツォは、ホフマンという男の家で開かれたパーティーに出席していたという被害者たちの共通点を知る。そのパーティーに出席していて、ロメンツォと同じマンションに住むモデルのジャンヌ(コリンヌ・クレリー)と共に彼は捜査を続けるが、さらなる事件が発生してしまう。

感想

絞殺、撲殺、焼死──これらのショッキングな殺人シーンとプログレのBGMの組み合わせ。いかにも『サスペリア』的な演出だが、本作(1976)の方が同作(1977)よりも先に制作されている。『催淫吸血鬼(1971)』の感想にも同じことを書いたが、この組み合わせの元祖はどの映画なのだろう。この時期のイタリアで流行っていたのだろうか。

それはともかく、(“ショッキングな殺人”の方の被害者がM男で笑わせてくるものの)そんな描写と共に割と真っ当な“サスペンス&ミステリー”として幕を開ける本作だが、ロメンツォが帰宅するなり恋人ルースに「新技がある」と言って盛り始めたり、訪問看護師がバスルームで自慰行為を始めたりと、脈略のないエロシーンが唐突にぶっ込まれる。“少し真面目”な印象を受けるような導入部だっただけに、おっぱいだけを目当てに本作を観はじめた三十郎氏も流石に少々戸惑いを覚える。

その一方で、肝心のコリンヌ・クレリーがなかなか脱いでくれない。「着替えるから出ていって」と言って脱ぐ女のおっぱいは綺麗で眼福だったが、三十郎氏が見たいのはあくまでコリンヌ嬢のおっぱいである。物語と無関係なエロがある割には“主役”のエロが少ない。このバランス感の欠如は何なのか。コリンヌ嬢が脱がなければ詐欺で訴えられるレベルなので一応は脱ぐのだが、ジャンヌがロメンツォと交わる展開には必然性もなければ、股間に訴えかけてくる状況設定も用意されておらず、ただおっぱいが綺麗というだけだった(毛は少し見える)。キスする時の舌使いに無駄に情熱的だったり、女同士のキスシーンを見られるという良さはあるものの、それだけで満足できるクオリティには届かなかった。

エロがメインのエロサスとしては、ばら撒いた伏線を回収しきって話を上手くまとめた感があった。しかし、その伏線の方がそもそも無理やりだったりするため、エロなしの真っ当なミステリー映画として制作されていても微妙な出来になったことだろう。邦題の「ダイヤ」の件はそれなりに納得できるとして、事件の重要な手掛かりとなる絵本の挿絵の方は完全に伏線のための伏線である。

事件の鍵を握るホフマン邸でのパーティー。そこで行われるゲームの内容が、テーブルクロスの下で娼婦に口淫させ、誰がされているのか当てるというもの。“香港式”だそうである。その前には“ドリルチンコ”も登場するエロアニメ鑑賞会をしている。香港に責任の一端を擦り付けているが、イタリア人は変態である。