オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ジョーンの秘密』

Red Joan, 101min

監督:トレヴァー・ナン 出演:ジュディ・デンチソフィー・クックソン

★★

概要

老婆の正体は元スパイ。

短評

本国イギリスで「Granny Spy」と呼ばれたメリタ・ノーウッドの半生に着想を受けた一作。実話レベルは「Inspired」である。「普通のお婆ちゃんが昔はスパイでした」という設定は面白そうだったが、スパイ行為の描写はスリルを欠き、その動機についても取って付けたような勢力均衡論を語る割には恋愛脳全開という残念な一作だった。

あらすじ

外務次官ミッチェル卿の死を切っ掛けに、彼が遺した資料を基に一人の老婆が逮捕される。老婆の名はジョーン・スタンリー(ジュディ・デンチ)。その容疑は“反逆罪”である。時は遡ってジョーンの学生時代。ケンブリッジで物理学を学んでいたジョーン(ソフィー・クックソン)は、映画上映会という名の共産主義者の集会でレオやソニア(テレーザ・スルボーヴァ)と知り合い、卒業後に助手として働くようになった研究所の情報を渡すように求められる。

感想

ヒロシマナガサキの光景を見てショックを受けた」「核を使わせないためにはソ連も核を持つ必要がある」。これがジョーンの言い分である。その主張の是非については後述するものとして、その実態は色男レオに唆され、いいように使われただけであり、主義主張を巡る葛藤のようなものは全く描けていなかった。おまけに研究所の上司マックス(既婚)まで出てきて三角関係になったりするものだから、スパイ行為よりも恋愛が本編である。「情報をロシアに流すか否か」と「レオとマックスのどちらを取るか」がほぼイコールになってしまっている。三十郎氏は恋愛映画にあまり興味がないため、スパイの話の焦点のボヤけてすっかり冷めてしまった。

そんな子宮ムーブ全開のジョーンが勢力均衡論を持ち出して自己正当化するのは滑稽に見えるものの、心理学的の面から説明可能という気はする。彼女も頭のどこかで自分が騙されただけなことを理解しているからこそ“男”以外の合理的な理由を求めたのではないか。息子に対して「頭ではなく心で」と訴えかけるのも、頭で考えれば分が悪いことを理解しているからこそだろう。

映画のクライマックスではジョーンが自宅前でメディアに対して会見し、「私は確かに同僚を裏切ったが、祖国を裏切ってはいない」と堂々主張する。曰く、自分がロシアに情報を横流しして核開発させたことで米ソ間のパワーバランスが均衡し、世界は平和になったのだと。「“核の抑止力”が成立したのは私のおかげよ!」と誇るわけである。彼女の語る勢力均衡論にも一理あるかとは思うが、これは完全に結果論だろう。歴史を見れば勢力均衡が崩れて何度も戦争が起きていることは明らかだし、それと対を成す覇権安定の下でも核の使用は必要とならなかったかもしれない。また、その成果を誇るのであれば、核戦争を回避する代わりに勃発した代理戦争たる地域紛争や、地球を何度滅ぼしても余るようなオーバーキルの原因となったことの責任も取らねばなるまい。

なお、本作は母の行為にショックを受けていた息子がジョーンの信念を受け入れる結末となっている。イギリスは長らく勢力均衡を外交方針として採用してきたために(たとえば、第二次大戦でナチスドイツと組めばヨーロッパ戦線で勝つのは容易だが、その後のドイツが自国を脅かす勢力となりかねないため、弱い国と同盟を組んだりする)、子宮ムーブを誤魔化した感がありありの割には本国では受け入れられやすかったりするのだろうか。ただし、その主張を現代の映画でしてしまうのは、パックス・アメリカーナに対する懐古主義者のコンプレックスの表出でしかないような気もするが。

ふと「ジュディ・デンチの若い頃ってどんなだったのだろう?」と気になって画像検索してみたのだが、シワがない以外はそのままの顔だった。“鼻”がひと目見て彼女だと分かるジュディ・デンチである。

Red Joan

Red Joan

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