オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『シークレット・ランナー』

Last Moment of Clarity, 90min

監督:コリン・クリッセル、ジェームズ・クリッセル 出演:ザック・エイヴァリー、サラマ・ウィーヴィング

★★

概要

死んだ恋人に瓜二つの女優をストーキングする話。

短評

サマラ・ウィーヴィングの美しい裸体を拝めるサスペンス映画。「主人公キモいな」とか「スリラー的に視点が逆じゃないのかな」と思いながら観ていたところからの真相判明には「なるほど」と納得しかけたが、冷静に考えると致命的な欠陥があり、全編シリアスを装っていた割には阿呆映画だったと思う。真相判明に向けて盛り上がりを欠くのが欠点だが、最後の“スリリングな展開”には逆に取って付けた感が気になるというイマイチな一作ではあったものの、サマラ・ウィーヴィングのおっぱいが見られたからよし。

あらすじ

恋人ジョージアサマラ・ウィーヴィング)を火災で亡くしてから三年、パリで失意の日々を送っているサム。ある日、彼は映画館でジョージアに瓜二つの女優が出演している場面を目撃する。その女優の名はローレン(サマラ・ウィーヴィング)と言い、彼女がジョージアであると確信したサムは、実際に会うためにハリウッドへと飛ぶ。試写会の会場で偶然に出会った高校時代の知人キャット(カーリー・チェイキン)の協力を得てローレンに接近するサムだったが……。

感想

「死んだ恋人と映画に出てた女優が似てる!」「これは本人に違いないから会いに行くぞ!」。これでは完全に頭の沸騰しているストーカーである。サムが夜道で「どうやって俺を見つけた!」と通行人に統失全開でウザ絡みする場面もあり、これはストーカーに追われる女優側の恐怖を描いた作品なのではないかとすら思えてくるのだが、そうではなかったという展開が待っている。本作は“そうではなかった”ということになるが、決して同じことをしてはいけない。サムは相当に怖い。

「もー、せっかく名前変えて生活してたのに台無しじゃん」とローレン改めジョージアがサムの泊まっているホテルに現れるというだけでも作劇的に相当弱いと言わざるを得ないのだが、とりあえずは無視しよう。キャットの「ありえねー」という忠告にも耳を貸さずにストーキングしていたサムが、いざ本人から「お前なんか知らん!警察呼ぶぞ!」と言われれば「別人か……」と諦めようとするのも無視しよう。問題はジョージアの明かす真相の中身である。

ローレンがジョージアだったのも、サムが何者かに追われているのも、どちらも彼の妄想ではなく一応は納得できそうな理由が語られる。しかし、サムがマフィアに追われる身であることを知って身の危険を感じ、名前と髪型を変えたジョージアが、“女優”という目立つ職業に就くのはどう考えてもおかしい。元々の夢が諦められなかったとは言え、設定の根幹が破綻している。

ジョージア編の真相判明の後に待っているマフィア編の話にも共通するのだが、主人公が知っている情報を観客にボカして伝えているだけのものを“伏線”として扱っており、それで上手くまとめた風を装っているのが卑怯である。これでは結局、“何視点”の話だったんだということになってしまう。

いいように利用されただけのキャットが最後に報われたのはよかったが、主人公に感情移入できないため、どうにも唐突感は否めなかった。

サマラ・ウィーヴィングのおっぱいを拝むチャンスは二度。一度目は、ジョージア状態でサムと風呂に入っているシーン。彼女にモジャモジャ胸毛をイジられているのが羨ましい。二度目は、「実はジョージアでした」とサムを訪ねてくるシーン。彼女には撮影監督の婚約者がいるが、サムと交わって「やっぱりこっちにする」となる。おっぱい以外にもTバック越しのお尻や、そのお尻の日焼け跡が素敵だった。ちなみに、ジョージアではブルネット、ローレンではブロンドなのだが、後者の方が似合っている。

なお、邦題の意味はさっぱり分からなかった。全く走っていない。特にインパクトがあるわけでもないB級感全開の邦題なのに、一体何を考えてつけたのか。