オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ブルータル・ジャスティス』

Dragged Across Concrete, 158min

監督: S・クレイグ・ザラー 出演:メル・ギブソンヴィンス・ヴォーン

★★★

概要

停職中の警察官が売人の金を強奪しようとする話。

短評

三十郎氏は監督S・クレイグ・ザラーのこれまでの二作品(『トマトーク ガンマンVS食人族』『デンジャラス・プリズン』)を両方観ているのだが、本作もおおよそのところは似たような印象だった。派手なB級アクション映画になりそうな設定を用意しておきながら、あえて淡々とした展開に徹する。その中で静かながらも激しい暴力が見所となるわけだが、それすらも淡々と、なのである。どう考えても90分に収まる話に150分超をかけるというのは冗長と言えば冗長なのだが、どれくらい狙って笑わせにきているのか分からないシュールな描写には癖になるものがあり、面白いと言えば面白かった。

あらすじ

強引な逮捕の様子を市民に撮影されてしまい、6週間の無休停職処分を受けたブレット(メル・ギブソン)。60才を前にして27才の頃と同じ階級に甘んじている彼は考える──「どんなに仕事を頑張っても政治に対応しないと報われない」「俺には適切な報酬を受け取る権利がある」。そこでブレットは相棒アンソニーヴィンス・ヴォーン)と共に薬物の売人ボーゲルマンから金を奪おうと企むのだが、彼は単なる売人ではなかった。

感想

「張り込みの楽しみは、終わると時と食べる時」というアンソニーの言葉に象徴されるように、彼がサンドイッチをムシャつく姿を長々と映し出してみたりと(その時間が長すぎてこちらの腹が減る)、言ってしまえば“無駄な”描写がとにかく多い。少なくともストーリーを説明する上では全くの無駄である。それが極まっているのは、強盗が入る銀行で働く行員の出勤前の様子をこれでもかと映しているシーンだろう。

ケリーという女性は産休明けで、我が子と離れたくないがために職場復帰したくない。「人生を切り売りして、給料のために他人の金の面倒を見るなんて!」と自分の仕事を全否定する泣き言を漏らすも、夫から「約束したでしょ。子供を育てるにもお金が要るんだよ」と無理やり職場に送り出される。そんなケリーの復帰を行員たちが祝っているところに強盗が現れるわけだが、やたらと意味ありげに描いてきたケリーの背景が展開に活かされることはない。被害者の背景をしっかり描いて強盗主犯のことが分からないままというのは奇妙に感じるし、「確かに仕事なんて行かなきゃよかったね」という皮肉な笑いが漏れるだけなのである。

こうした描写の節々に“暴力が何をもたらすか”といった意味合いが込められているかもしれないが、本作を楽しめるのか否かの分水嶺は、それを読み解くよりも単純にその無駄を面白がれるかどうかだと思う。緊迫した状況における「黒人の肝臓は臭い」を笑えるかどうかである。張り込みの間を埋めるべく繰り広げられるブレットとアンソニーの会話、頻出する「アンチョビ」という言葉。至ってシリアスなクライム・サスペンスなのか、それともコミカルな会話劇なのか。その分からなさが、面白いのか退屈なのかもよく分からないという不思議な映画である。それでも最後まで観れてしまうということは、多分面白かったのだと思う。

警察のマイノリティに対する暴力が市民に撮影されて処分されるという状況、「現代の差別主義者は50年代の共産主義者と同じ」という言葉。非常に“現代的”に感じられる描写がいくつか見られるのだが、本作の本国での公開はフロイド事件よりも前である。社会に対して鬱屈した思いを抱えるブレットの姿にはトランプの支持層とも言われる没落した中間層と重なる部分がある。ブレットの妻メラニーが「私が差別主義者になるなんて思わなかった」と漏らすように、低賃金から治安の悪い地区に住むことを余儀なくされ、思いがけず黒人を悪く思うようになった白人にとって、社会はより生きづらいものに変化していることだろう。そこにも暴力の火種が燻っていることを見抜くというのは、なかなか鋭い視点だと思う。