オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『π』

Pi, 84min

監督:ダーレン・アロノフスキー 出演:ショーン・ガレット、マーク・マーゴリス

★★★

概要

世界の全ては数字で表せる。

短評

ダーレン・アロノフスキーの長編デビュー作。いかにも低予算なアイディア勝負の自主制作映画という印象である。カルト的な人気を誇る一作と聞いて以前より気になっていたのだが、ようやく観ることができた。難解な内容を予想して身構えていたのだが、主人公の語る数学的話題の内容についていけない部分があるだけで、ストーリー自体は“統合失調症体験映画”とでも言うべきシンプルなものだったと思う。確かに観ているこちらの頭がおかしくなりそうな危うさはあったものの、「虚実入り乱れて」の世界に入り込むよりも「全部妄想だろ……」と少し引いてしまった。面白いことには面白かったが、期待していた程の衝撃作ではなかった。

あらすじ

六才の時に太陽を見て頭痛持ちとなったマックスは、自然界は全て何らかの法則の下に成り立っており、それは数学を用いて表現可能だと考えていた。彼は株式市場の法則もまた数学で解き明かせると信じて研究に没頭していたものの、コンピューターが216桁の数字を吐き出してショートしてしまう。 

感想

マックスが「この世は全部数字だ。世界は黄金螺旋に満ちている」と数学的迷宮に迷い込んでいくだけでなく、彼の数式を利用して株式市場の支配を目論む勢力や、彼の数式が神の真名であると考えるユダヤ教徒の一派が登場して陰謀論めいた展開になっていく。この辺りの描写に「どこまでが現実で、どこからが妄想なのか」と頭を悩ませてみるのも一興かとはは思うが、三十郎氏には全てが妄想に感じられて、少しどうでもよくなってしまった。

たとえば、マックスに接触を図る株屋のドーソン女史に対して「下品な実利主義者め」と批難する場面があるのだが、株式市場を研究対象に選んだのは他でもないマックス自身である。したがって、ドーソン女史の存在はマックスが内面に抱える矛盾した感情の隠喩と考えることができる。「モーセ五書は数字で表現できる神の暗号なんだよ」と言って現れるユダヤ教徒のレニーも、敬虔でないとは言え同じくユダヤ人であるマックスに内面化された知識の表出と考えられるだろう。もしかするとそれが数学的陰謀論にハマる切っ掛けだったのかもしれない。「カネ」と「宗教」。差別的な表現にはなるものの、ユダヤ人という民族を象徴する二つの要素である。

マックスにとっての現実をそのまま現実として受け入れる楽しみ方はできなかったが、早口で意味不明のモノローグの連続や短いカットの積み重ねによって表現された、混乱した世界については魅力的に感じられた。モノクロの映像に似合わぬ電子音楽との組み合わせ。意味不明の数式や図式の断続的挿入。マックス自身は明らかに行き詰まっているのだが、謎のスピード感によって観客を退屈させなかった。恐らくそれはマックスの主観とも一致しており、客観的には自室の中でウロウロ歩き回っているだけであっても、本人の脳内はフル回転(空回り)である。

マックスが薬物中毒ということもあって彼の異常性が先走ってはいるものの、あらゆる場所に黄金比ら螺旋が見られるという世界の不思議は、何やら神秘的なものを感じさせなくもない(何らかの理由で自然界に多く存在することとなった比率を「美しい」と認識しているだけなのだろうが)。一つ気が付けば、もう一つ……と、いくらでも際限なく“世界の真実”へと迫れてしまうのだろう。そこに「凡人には分かるまい」という優越感があるのも滑稽でよい。実際には自分に都合のよいもの見ているだけなのだろうが、世界には数学的に恋人の存在を証明しようとした学生がいるくらいである。もしかすると……、しないか。サモサをくれる隣人女性のデヴィは、もしかしてマックスが数学的に発現させた存在だったり……、しないか。

現実と妄想が入り乱れる構図や宗教的モチーフは、後のアロノフスキー作品にも共通している点である。本作に限れば妄想で片付ける見方も可能だと思うが、他作品の傾向から察するに、特にユダヤ教関係の話は知識があれば別の見方が可能になるのか。

π (字幕版)

π (字幕版)

  • Sean Gullette
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