オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『快楽を貪る本能』

Les Salopes or The Naturally Wanton Pleasure of Skin(The Natural Sweetness of Skin), 97min

監督:ルネ・ボーリュー 出演:ブリジット・プパール、ヴァンサン・ルクレール

★★

概要

性欲の強い熟女。

短評

エロ目的で観た映画のエロ以外の部分が面白いという予想外の“空振り”が二作品続いたが、これは普通につまらなくて安心した。セックスと女の性欲を直球で描いた一作であるため、情事のシーンは多いのだが、有り体に言って主人公が“キツい”。完全に三十郎氏のストライクゾーン外である。物語には「女性が性欲を解放して何が悪い?」という問い掛けが含まれているものの、異常性欲の熟女が好き勝手しているようにしか見えない。そして、その姿はガッシリ体型(顔もゴツい)の割に小さく垂れた乳房と同じくグロテスクに映った。

あらすじ

皮膚科学の研究をしている大学教授マリクレール(ブリジット・プパール)。指導している院生のソフィア(シャルロット・オーバン)が「愛の存在を細胞反応で証明する」という研究計画を持ってきたことを切っ掛けに、自身も皮膚と性欲の関係を研究するようになる。友人(ナタリー・カヴェッザリ)と食事中にナンパしてきた男、同僚の教授アレクサンドル、文学部からの聴講生エミール。マリクレールは次々と男たちと関係を結んでいく。

感想

出発点こそ“科学的研究”ということになっているが、そんなものは全く関係ない。行為前に皮膚を削ってサンプルを採取する描写こそあれど、それを観察する場面もなければ、細胞がどう反応しているかについての言及は一切ない。そもそも自分が適当に男漁りしているだけという時点でサンプリングバイアス云々いうレベルの話ではないし、物語としてもそこは全く重視していない。

マリクレールから「研究のために学生と寝てる」と打ち明けられ、ショックを受けて家出する夫のアダム。彼が戻ってくるも陰茎はショックを受けたままで使い物にならず、マリクレールは「オープンな関係を受け入れられないお前が悪い」という理由で別れを切り出す。要するに“そういう話”なのである。研究云々なんてどうでもよくて、とにかくマリクレールは“ヤリたい”のだ。実験のことを告げる前は夫とセックスレスというわけでもなかったし、多くの男が可能な限り広範に種を撒きたがるのと同様に、彼女だって色んな男と寝たいのである。

そこには社会的に抑圧されがちな女性の性欲の解放という意味合いが含まれるのだろうが、夫がショックを受けたのを見て驚き、自身がセックスに耽るあまり放ったらかしにしていた娘に嫌われる姿を見れば、他人の感情を一切考慮し得ないソシオパスな異常性欲者にしか見えないのだった。もっともらしいことを言おうとしているが、頭ではなく子宮で考えている。果たして、夫が同じことを言ってきたら彼女は受け入れられるのか。

ソフィアが「アレクサンドルにレイプされた」と相談してくると、「彼がそんなことするはずない」とまさかの擁護をするマリクレール。「別荘まで行ったのだから……」という彼女の言い分が完全にレイプ男のそれだったのだが、「欲望に罪悪感を抱いたからレイプ扱い」という主張は面白かった。彼女は自身の性欲の強さが他者に当てはまるはずと信じて疑わず、それを正当化するためにレイプをも正当化しているのである。

かと思えば、14才の娘カトゥ(ロマーヌ・デニス)から「11才の時から複数の男を関係を持ってる」と打ち明けられて困惑するマリクレール。ソフィアへの態度とは対称的に、今度は「力づくでヤラれたんじゃ?」である。酷い話だ。これで彼女が考えを改めるかと言えばそんなことはなく、14才の娘がセックスによって“相手に求められる幸福”を肯定するという展開だった。なお、母親の裸体はグロテスクですらあったが、カトゥちゃんのおっぱいは大きさ、色、形の全てが素晴らしく、本作最大の見所、あるいは三十郎氏にとっての救済措置となっている。

お世辞にも魅力的とは言い難いマリクレールが複数の男から言い寄られるのを見ると、「(男の尻が映る時間の長さ的にも)欲求不満のおばさん向けポルノだな」と思わずにはいられないのだが、これは多くの男性向け“ハーレムもの”に対して女性が抱く感覚と同じなのか。同族嫌悪か。

快楽を貪る本能(字幕版)

快楽を貪る本能(字幕版)

  • ブリジット・プパール
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