オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ゾンビの中心で、愛をさけぶ』

Zoo, 94min

監督:アントニオ・トゥーブレン 出演: ゾーイ・タッパー、エド・スペリーアス

★★

概要

ゾンビ・パンデミック禍における夫婦の隔離生活。

短評

ゾンビの存在感が極めて希薄なゾンビ映画。全編英語だがスウェーデン映画らしい。ゾンビウイルスの蔓延によって夫婦が自宅での隔離生活を強いられるというシチュエーションが奇しくもコロナ禍を想起させるが、2018年の一作である。序盤のブラックコメディ的な部分は楽しかったのだが、本編である愛云々の部分はイマイチだった。結局のところ、「とりあえずセックスさえしとけば夫婦関係は上手くいく」という程度の話ではないだろうか。

あらすじ

カレン(ゾーイ・タッパー)が死産を経験して以来、彼女とジョンの夫婦関係は冷え切っていた。ある朝、洗面所の天井が抜け落ちたかと思うと、飛行機が付近の建物に突っ込み、外にはゾンビが溢れていた。カレンは切り出そうとしていた離婚の話を切り出すこともできず、二人はニュースの言う通り自宅に籠もって救助を待つことにする。

感想

カレンの切り替えは早い。「このままでは食料がすぐに枯渇するぞ」とのことで、彼女は装備を整えてマンション内の留守宅を物色しにいく(自宅内の“ソリッド・シチュエーション”なので楽しい物色の場面は省略される)。教師の夫ジョンは「盗みはちょっと……」と躊躇うが、警察で働く強気な妻が押し切る。その上、証拠保管庫から拝借してきたという各種薬物まで取り揃えており、隔離前よりもよっぽど生き生きとしたカレンの姿が見られる。

そこに訪れる一組の訪問者。レオとエミリー(アントニア・キャンベル=ヒューズ)の隣人夫婦である。カレンたちは「追い出すわけにもいかないし……」と彼らを居候させるのだが、「食料減るじゃん」と自主的に出ていってもらうための嫌がらせ作戦を開始。これに対してエミリーが「これは屈辱だ」「反乱を起こす」と言い出す。この中盤パートが最もブラックコメディらしくて楽しかった。なお、嫌がらせには「セックスの声を聞かせる」というものが含まれており、これが夫婦関係改善の大きな一因であったかと思う。元気な妻に夫が黙って従い、二人がセックスさえしておけば、とりあえずの夫婦関係は上手くいくのである。

エミリーたちを“撃退(=射殺)”した後が、夫婦が愛を取り戻すという本編である。しかし、これは既に前提条件を揃えた上での消化試合のように感じられた。「救助隊です」とやって来た暴漢に襲われたり(ここは“いざという時は夫もしっかりする”という要素か)、脱出しようとしてカレンが感染するという波乱がありはするものの、中盤以降の展開は“愛の確認行為”であって、“愛を取り戻す過程”ではない。過程の方にもう少し重きを置いてもよかったのではないかという気がするのだが、男女の関係というのはこれくらいシンプルなものなのか。非常に動物的であり、だから原題が『Zoo』なのか(第一義的にはラストの“展示シーン”なのだろうが)。

人肉への渇望を抑えられなくなる妻に夫が自分の血を飲ませるというヴァンパイア的生活を経て(貴重な血なのだから溢さずに飲めと思った)、“究極の愛エンド”へ。これは「単純に殺せなかった」「二人が一緒ならゾンビになっても構わない」という“愛要素”以外に、「製薬会社の陰謀だからワクチンがあるはず」という陰謀論者ジョンの読みもあったのではないかと思う。もっとも、そんなものはなかったわけで、結果的には心中のタイミングが少し遅れ、ジョンが罪悪感を覚えずに済んだだけというのは皮肉か。果たして、立場が逆だったなら、カレンはどうしていただろう。

冷え切った夫婦関係が隔離生活によって……という展開は、現実では逆のパターンの方が多いのではないかという気がするのだがどうなのだろう。「コロナ離婚」といった風に悪い方面ばかりが報道されて目立つだけで、三十郎氏の預かり知らぬところでは互いに向き合う機会が増えて関係改善している夫婦もいたりするのか。