オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『暗数殺人』

암수살인(Dark Figure of Crime), 110min

監督:キム・テギュン 出演:キム・ユンソク、チュ・ジフン

★★★

概要

殺人犯の告白。

短評

韓国の実録犯罪もの。「暗数殺人」という耳慣れない言葉は、警察に認知されていない殺人事件を指すそうである。言わば、未解決事件ならぬ未発生(扱い)事件といったところか。死体がなければ“事件”にはならず、「犯人の告白は本当なのか」という疑問や不安が消えないままに捜査が行われることとなる。この状況設定がよくある刑事ものとは異なる種類の心理戦や緊張感を生み出し、(こちらも韓国映画にしては珍しく)決して激情型ではない主人公の静かながらも熱い思いを秘めた戦いに引き込まれた。

あらすじ

麻薬捜査班の刑事キム・ヒョンミンがヤク中のカン・テオから話を聞いていると、テオが恋人の殺害容疑で逮捕される。それから三ヶ月後、拘置所のテオからヒョンミンに連絡が入り、曰く、「全部で七人殺った」と。テオの供述通りに恋人殺しの証拠も見つかり、ヒョンミンは残りの“暗数殺人”の捜査を開始するのだが……。

感想

「供述が具体的過ぎる」という理由でテオの供述を信じるヒョンミンだが、彼のように暗数殺人の捜査に熱中する余り身を持ち崩した先人の存在やその先人の行為と重なる部分(捜査に後ろ向きな上司から投げ掛けられる「金要求されてないか?」という質問の使い方が上手い)、そして難航する捜査に不安が高まっていく。そもそも供述自体がウソだったりするし、その供述も二転三転するしで、観ている方は「カネ目当てのウソなんじゃないの?」という周囲の指摘に心が傾いてく。この映画のスタートは“そこ”からなのである。死体という“事実”が存在しないため、ただの“捜査が難しい事件”とは異なる種類の困難が存在する。

それでもヒョンミンは諦めずに捜査を続け、ウソの中に巧妙に隠された真実を繋いでいく。彼の執念にも、テオの計算高さにも驚かされ、実話ものとしては出来すぎに感じられるくらいに“面白い話”となっているわけだが、テオ(仮)が獄中で自殺したという後日談を踏まえれば、劇中で先輩(元)刑事が推測した彼の行動目的は正解だったのだろう(嘘と真実を混ぜて撹乱する理由にも納得がいった)。暗数殺人という見過ごされてきた要素に目を向けさせつつも、しっかりとエンタメとして仕上げてくる。やはり韓国映画のレベルは高い。

カン・テオを演じるチュ・ジフン。「精神鑑定不可能」という設定が示す通り、何を考えているのか分からない底知れぬ恐ろしさがよく出ていたと思う。ヒョンミン役キム・ユンソクが抑えた演技に徹しているため、その異常性が際立っている(大げさとのボーダーラインを上手く突いていたと言えよう)。中でもとりわけ怖かったのが、彼が裁判で証人を見つめる眼差し。写真を見る限りでは俳優本人は男前なはずなのだが、左右で非対称の目が異様な雰囲気を醸し出していた(「人を見た目で~」とはよく言うが、『観相師』ならどう評するのか)。彼が逮捕時に食べていた料理は「カルグクス」。

ヒョンミンの乗っている車のエンブレムがアストンマーティンみたいだったのだが、これはヒュンダイの「ジェネシス」という高級ラインのものなのだとか(トヨタのレクサスみたいなものか)。「同期で最も昇進が遅い」という割にはやけに裕福だと思ったら、その設定が意外に重要だったりした。警察という“組織”にはヒョンミン“個人”のような余裕がないため、他にも存在するであろう暗数殺人は放置されるのだろう(日本で「自殺」として処理されている極めて怪しい事件にも近しいものがあるだろうか)。社会は「効率」の名の下に様々なものを犠牲にしているが、だからと言って「効率なんて無視しろ」とは決して言えないジレンマである。そうして切り捨てることの残酷さは、自分が当事者になるまで認識されない。

ヒョンミン(仮)は、本国で映画の公開された2018年現在も捜査を続けているそうである。劇中ではオ・ジヒ(クォン・ソヒョン)殺害事件が対象となっていたが、テオの供述が得られなくなり、ジヒの祖母の証言だけが頼りとあっては、今度こそ本当に殺人なのか失踪なのか分からない困難が立ちはだかるだろう。

エクストリーム・ジョブ』のマ刑事役チン・ソンギュが出演していた。彼は髪型が普通なら普通の人だった。

暗数殺人(字幕版)

暗数殺人(字幕版)

  • 発売日: 2020/09/01
  • メディア: Prime Video