オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ハニーランド 永遠の谷』

Honeyland, 85min

監督:リューボ・ステファノフ、タマラ・コテフスカ 出演:ハティツェ・ムラトヴァ

★★★

概要

北マケドニアの養蜂家。

短評

北マケドニアドキュメンタリー映画アカデミー賞外国語映画賞と長編ドキュメンタリー映画賞に同時ノミネートされた史上初の作品なのだとか。養蜂業を営み、寝たきりの母と二人で暮らす女性の姿を、ナレーションもテロップもなしで淡々と描き出した一作である。しかし、その暮らしぶりをただ伝えるだけではなく、3年という長期間の撮影の成果なのか、そこには“物語”が生じている。これが単純な“良い悪い”では割り切れない、なかなか考えさせられる話だった。

あらすじ

北マケドニアの首都スコピエから20キロほど離れた他に誰もいない谷で寝たきりの母と暮らす一人の女。彼女は「半分は私に、半分は蜂に」と、蜂との共生関係にある暮らしを送っていた。ある日、トルコ人の大家族がトレーラーハウスで近くに引っ越してくる。女は子供たちとの交流を楽しむが、その“闖入者”はそれまでの生活を一変させることとなる。

感想

冒頭、素手で蜂の巣を扱う姿を見せられた時には「秘境の暮らしを描く半ネイチャードキュメンタリー的な感じなのかな?」「美しい自然の映像で勝負する(=眠くなる)タイプの映画なのかな?」という印象を受け、要するに「これはあまり好きなやつではないな……」と少し後悔すら覚えたのだが、トルコ人家族入植による問題が露呈してしはじめてからは一気に面白くなった。

トルコ人家族が来る前は、谷には女と母親しかいなかったため、彼女たちが暮らしていける分だけのハチミツが採れればそれで十分だった。しかし、トルコ人家族は子沢山で、何かと物入りである。彼らが女の忠告に従わずにハチミツの採取を続けた結果、谷の生態系は破壊されてしまう。そして、“破壊者”は谷を去っていく。

ここだけを切り取れば、トルコ人家族が“悪役”かのような印象を受けるが、そう単純な話でないところが本作の面白さだろう。女が“必要に応じて”ハチミツを採取していたのと同様に、トルコ人家族もまた、ある意味では必要に応じて採取しているだけなのである。人数が違えば必要となる量が違うのも当然だろう。彼らが谷に来たのがそもそもの間違いだったと考えることもできようが、女の変わらぬ生活にも問題がないわけではない。

谷には他の家族がおらず、女には子供もいないため、その“持続可能”な生活は、女が死ねばそこで終了となる。谷での自然養蜂生活を持続させるためには後継者が必要なのだが、実際に人が増えるとどうなるのかはトルコ人家族が教えてくれた通り。谷の抱える矛盾は、何かと「持続可能な社会」が叫ばれる世界のそれと全く同じ構図であり、観客はこの一景に世界の縮図を見るのである。

女が「もし私に子供がいたら……」と別の人生を夢想し、母の死に涙を流す姿を見て、彼女の生き様を「美しい」と褒め称えるのは無責任な部外者だからこそできるものと知る。そもそも大量生産大量消費に飼い慣らされた我々には、その暮らしぶりを真似しようと思うことすらできまい。一度“変化”したものが元通りになることはない。果たして、女はこの先どうように生きていくのだろう。

トルコと地理的に近いこともあって文化も共通しているのか、祭りで男たちがオイルレスリングをしていた。それを見た子供たちがうちに戻るなり真似しているのが微笑ましかった。

カメラが女やトルコ人家族の生活の中に完全に入り込んでいるのだが、その存在を全く感じさせないのが印象的だった。そこにカメラ(やカメラマン)があれば意識しそうなものだが、これも長期間撮影の為せる業なのか。

ハニーランド 永遠の谷 [DVD]

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  • 発売日: 2021/03/05
  • メディア: DVD