オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』

Les traducteurs(The Traslators), 105min

監督:レジス・ロワンサル 出演:ランベール・ウィルソンオルガ・キュリレンコ

★★★

概要

ベストセラー小説の新作流出事件。

短評

フランス製のミステリー映画。劇中の「情報漏洩を防ぐために各国の翻訳家を地下室に隔離する」という設定は、ダン・ブラウン著『インフェルノ』刊行の際の実話に基づくのだとか(同作の映画版はいまいちだった)。トリックそのものも、種明かしへと入る流れもかなり強引に感じられたものの、複数の謎が混在する状況設定が非常に面白く、そこから生じるスリルによって欠点を補っていたように思う。手に汗握るスピーディな展開のまま最後まで突き進むので、それなりに上手くまとまっていたと言えるだろう。

あらすじ

世界的ベストセラー小説『デダリュス』の第三作にして完結編『死にたくなかった男』の世界同時出版を控え、英語:アレックス、ロシア語:アニシノバ(オルガ・キュリレンコ)、イタリア語:ダリオ(リッカルド・スカマルチョ)、スペイン語:ハビエル、ポルトガル語テルマ(マリア・レイチ)、ドイツ語:イングリッドアンナ・マリア・シュトルム)、中国語:チェン、ギリシア語:ケドリノス、デンマーク語:トゥクセンの9人の翻訳家がフランスはヴィレット邸に集められる。情報漏洩を防ぐため、翻訳家たちはシリーズのファンである富豪が用意したシェルターに隔離されて1日20ページずつ作業を進めるが、出版社社長エリックに原稿の流出を謳う脅迫メールが届く。

感想

翻訳作業が始まった辺りで場面が“二ヶ月後”に飛び、そこには刑務所で面会するエリックの姿が。彼は“犯人”に対して自供を迫るのだが、観客にはまだ事件の内容すら知らされていない。「これから何が起こるのか」という謎を抱えたまま二ヶ月前へと再び戻り、件の脅迫メールを受信する。時系列順よりも強いスリルをもって物語に引き込む上手い構成である。

「エリックは原稿を流出させた犯人と面会しているらしいぞ」と分かったら、次は「犯人は誰なのか」「どうやって流出させたのか」という当然の謎が生じる。加えて、本作には「『デダリュス』の著者である覆面作家オスカル・ブラックの正体」という謎もあり、特にこの点は彼があっさりと姿を現すミスリードが上手く機能していた(“容疑者”の内アニシノバとダリオの演者が有名なのは大して機能していない)。一方で、「どうしても著者に会いたい」という会話がミスリードのためのミスリードになってしまっていたりして、意味を成していない描写も見られる。また、欲を言えば、ミステリー小説である『デダリュス』の内容もまた謎なので、それを上手くストーリーと絡められたらより面白かったのではないかと思う。

以上の複数の謎を解き明かす”探偵が犯人”というのは、解決編への移行方法としてはかなり強引な展開に思えたものの、当人の真の目的を考えれば致し方なしといったところか。解決編には勢いがあるので圧倒されるが、よくよく考えてみると、ローズマリー(サラ・ジロドー)の行動をコントロールするのに無理を感じたり、そもそも二つある動機の内の“発端”となる一つ目については、二つ目が発生する前に金を諦めて流出させてしまえばよかったのではないかという気がする。また、計算外の死者を出してしまっているため、犯人の“やったった感”にはもう一つスカッとしない。

“二段オチ”の一段目となる“共犯路線”だが、果たして、これは本当に必要な行動だったのだろうか。“真犯人”の自白は二段目を聞いてからのものだし、これもミスリードのためのミスリードという気がしなくもない。ミステリーとして話が綺麗にまとまったというよりは、ガイ・リッチー映画の終盤のような執拗なまでの「実はこうでした」というどんでん返しの畳み掛けに対する「ああ、なるほど」の気持ちよさを味わう作品だったか。

もう一つ気になる点がある。“真犯人”の自供は彼がアニシノバを撃ったことに起因するのだが(その後の“犯人”の助かり方は安っぽい)、これは“犯人”にとって想定外だったはずで、本来の計画はどうなっていたのだろう。8000万ドルは自分の口座から自分の口座へと移っただけで、“真犯人”が逮捕される理由にはならない。この事件がなければどうやって警察の監視下で証言を引き出すつもりだったのだろう。彼の暴走を計算に入れていたとすれば、「文学への愛>人命」の構図が成立し、これでは“真犯人”と変わらないソシオパスなのではないかと思う。

九ヶ国語の翻訳家たちは、それぞれ売上トップ9の国から選ばれたとのことである。世界中で大人気ならば、少なくともギリシャデンマークよりは日本の方がマーケットが大きいと思うが、アジア枠は中国だけで十分だったか。それにしても、翻訳家たちは母国語と対象言語以外にも複数言語を操れて羨ましい。語学学習のコツによるものなのか。職務上の必要に駆られてのものなのか。

9人の翻訳家 囚われたベストセラー(字幕版)

9人の翻訳家 囚われたベストセラー(字幕版)

  • 発売日: 2020/07/03
  • メディア: Prime Video