オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『下女』

下女(The Housemaid), 111min

監督:キム・ギヨン 出演:キム・ジンギュ、イ・ウンシム

★★★

概要

主がメイドに手を出して一家崩壊する話。

短評

『パラサイト』に強い影響を与えたと言われる1960年の韓国映画。思っていた程強い繋がりを感じたわけではなかったものの、本作では同じ家の中の一階と二階との間にだけ見られる関係性を家の外(+地下)にまで拡張し、同じように視覚的に表現したのが同作ということになるらしい(“一家乗っ取り”の点ではあまり同作を連想しなかった)。三十郎氏には下女の行動が意味不明に思えてかなり戸惑ったのだが、それ故に本作はホラー映画的な異彩を強烈に放っていた。

あらすじ

女工たちに音楽を教えている男が過労で倒れた妻のために下女を雇う。しかし、妻と二人の子供が休暇を兼ねて実家に帰っている間に男は下女に誘惑されて関係を持ってしまう。下女の行動は次第にエスカレートしていき、一家は崩壊への道を辿ることとなる。

感想

男が女工ソニョンから恋文をもらい、これを上司に報告。ソニョンは規律違反で三日間の停職処分を受けるのだが、「恥をかかされた!辞めます!」と言って実家に帰った後に自殺。ソニョンの友人キョンヒが「ピアノを習いたい」と男の家に来るので、彼女が下女となって友人の復讐を果たすのかと思いきや、そんな分かりやすい展開とはならない。男が「君は顔が広いだろ」とキョンヒに下女探しを依頼し、煙草プカプカの(当時としては)いかにも性悪な下女がやって来る。

下女が男を誘惑する経緯だが、ここが三十郎氏には分かりづらい。キョンヒが「本当は私が先生のこと好きだったの!抱いて!」「抱いてくれなきゃレイプされたって書いて自殺してやる!」とめちゃくちゃなことを言っている場面を下女が目撃し、「見ちゃった。私を抱いて」である。これは一体どういう論理なのか。話が全く繋がらない。ここで下女が「彼女に負けられない」と口にするのだが、これも三十郎氏には何の勝負なのか皆目見当がつかない。わけは分からないが男はジョニーに屈し、“雷”で行為が隠喩されるという古い映画らしい奥ゆかしい演出が見られる。

ちなみに、下女からの最初の要求は男の身体ではなくタバコである。その後、ピアノのレッスン、セックスと要求が(間髪入れずに)エスカレートしていくので、弱みを握って利用するための方法としてセックスが選ばれたのかもしれない。恋文が風紀違反となるような時代にあっては姦通は大罪であり、そこまでの弱みを握れば男は言いなりだろうと。下女が勤務初日から子供にまでぞんざいに扱われている描写があるため、自身の立場の向上を求めるという“階級間の復讐”であると考えれば納得できるか。

しかし、下女が妊娠してしまったことで事態は混迷を極めていく。下女は男を利用したいだけなのか、それとも身籠って愛が生まれてしまったのか。彼女が欲しいのは金なのか、それとも男の愛なのか。ここでは後者の要素が強く出ることで、一筋縄ではいかない女の情念が暴れだす。愛があるのか従順な様子も見られるのだが、それが却って下女のさらなる暴走を呼ぶ結果となる。下層の恨みは怖い。女の恨みは怖い。こうなってしまうと、下女が何を考え、何をしでかすなど誰にも分からない。導入部には「何これ?」的な戸惑いがあったものの、一家が崩壊の一途を辿るようになってからジェットコースター感は凄い。完全にホラーである。

『パラサイト』では金持ちが高台の一軒家に、貧乏人が水没する半地下に住んでいた。これは上下関係を視覚的に表現する上で非常に分かりやすいのだが、本作では主人が一階に、下女が二階で生活している。しかし、一家の最重要アイテムである“ピアノ”が二階にあり、それを下女が我が物顔で使うようになることで、“精神性”という意味での上下関係が成立することになるのか。加えて、男が二階での生活を強要されて家族と引き離される描写もあるため、分断の象徴としての性格も強い。その両者を繋ぐ階段においては、下女に言われるがままに殺鼠剤による心中を決行した男が「命はくれてやるが魂は妻のもの」と一階にフラフラしながら下りていき、その脚に下女が追いすがってずり落ちていくことで彼女の優位性が消滅する演出が見られた。滑稽かつ狂気に満ちた場面である。

本作はドロドロの愛憎劇なわけだが、最後に“夢オチ”的な展開が見られる。男が下女に手を出さなかった世界線なのか、彼がカメラの向こうの観客に向かって「皆も気をつけなきゃダメだぞ」と笑顔で語って終劇なのである。ここにも戸惑ったのだが、当時としてはこの“浮いた演出”が必要な程にショッキングな物語だったということでよいのか。

妻がミシンで内職しているような音楽教師が「町一番のお金持ち」という設定には違和感があったのだが、音楽教師は作曲家との兼業らしい。それにしてもモテる音楽教師である。

本作はスコセッシの設立した世界映画基金(World Cinema Foundation)によって復元・リマスターされたそうである。多くの場面は鮮明になっているのだが、中には元のフィルムの状態が悪かったのか映像が荒れている箇所もある。デジタル化が遅れればもっと酷いことになっていたはずなので、その状態の悪さも保存活動の意義を伝えてくれるのに一役買っていることになるのか。

2011年の『ハウスメイド』は本作のリメイク。観てみよう。

下女 Blu-ray

下女 Blu-ray

  • 発売日: 2020/12/25
  • メディア: Blu-ray