オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『パラサイト 半地下の家族』2

기생충(Parasite), 132min

監督:ポン・ジュノ 出演:ソン・ガンホ、チェ・ウシク

他:パルムドールアカデミー賞作品賞、監督賞(ポン・ジュノ)、脚本賞ポン・ジュノ他)、国際長編映画

★★★★★

概要

無職一家の集団就職

感想

改めてもの凄く面白かったオスカー受賞作(劇場鑑賞時の感想はこちら)。ポン・ジュノの他作品と比較してもエンタメとしての出来が傑出しており、その根底にある社会問題を何の説教臭さも感じさせずに楽しませてくれる。特にコメディの色合いが強いのが本作の特徴かと思うが、それ故に後半とのギャップも鮮烈である。これはやはり何度観ても面白いやつだ。

初見の際には「臭い」という要素が「分断」を象徴するものだと思ったのだが、違う見方ができるような気がしてきた。キム一家が各々優秀でありながらも全員無職なのは、厳しい雇用環境に由来するものとばかり思っていたが、彼らも元々はそれなりに恵まれていたのではないだろうか(それ故に技能を身につけられた)。それが父ギテクのチキン店及び台湾カステラ事業の失敗によって苦境に陥り、彼らの生活はご覧の有様となっている。

そのように考えてみると、パク社長に「臭い」と言われた際のギテクの反応の見え方が変わってくる。これは上流から下流への一方的な侮蔑でなく、まだ上流社会に馴染むことができると勘違いしていたギテクの自尊心を粉砕する言葉だったのではなかろうか。大雨と洪水によって染み付いた臭いの正体が明らかとなり、それが一家の“現在”である事実を突きつけられた直後、改めて「お前は我々とは違う」と言われてしまう。彼が激情に駆られた根底には“思い込み”という最後の砦を崩されてしまった混乱があるのではなかろうか。ギウが「べばりつく」と表現した山水景石は金運アップのアイテムらしく、彼らの豊かな生活への憧れが窺える。その希望が臭いによって完全に絶たれたのである。

となると、臭いというのは単純に五感の一つを不快な形で刺激するものではなく、キム家に染み付いた貧困のメタファーであることが察せられる。恵まれているが故の性格の良さを見せる奥様とは異なり、意地汚さ、僻み、粗雑さ──一度身に付いてしまったこれらを矯正するのは容易ではない。その事実を指摘された時、人は「正論を言うなよ」と逆ギレする。

キム家とパク家の間に元々は分断が存在していなかったと考えると、その転落劇は、坂道と階段を下って豪邸から半地下へと帰宅する、あのゴキブリ逃走劇が“地続き”であることとも一致する。「警備員1枠に大卒500人が応募」という話が象徴するような雇用環境であれば、そこからの復活がいかに困難であるのは言うまでもない。地上→半地下→全地下への転落が“ありうるもの”だという認識こそが、格差社会において既に転落済みの人々以外にとって決定的に欠けている視点なのではなかろうか。それが“ありえないもの”である人々にとってはその方が都合がよいわけだが。

この世界には数え切れぬ程の問題が山積しており、映画界もそれを描こうと躍起である。しかし、あらゆる啓蒙の後に有権者が“政治的解決”を求めるようになるならば、それらはほぼ全てが再分配の問題へと帰着する。だからこそ本作の描く格差こそが本質的な問題に思えて、他の熱意あふれる作品よりも突き刺さるものがあるのだと思う。

ほえる犬は噛まない』でも見られた“消毒”のシーンが本作にもあった。ギテクが「今どき?」と言っていたので、衛生状況の悪かった過去の遺物なのかもしれない。それが再び必要になるということは、キム家の住環境が劣悪なまま放置されていることを、同時に政府の無策を意味していることになるわけか。

可愛いが何を考えているのか相変わらず分からなかったJK2のダヘちゃん(チョン・ジソ)。彼女曰く、「ダソンの奇行は芸術家コスプレ」とのことだが、妙に冷めた若者たちは何を表現しているのだろう。韓国にも“さとり世代”みたいなのがあるのか。

パラサイト 半地下の家族(字幕版)

パラサイト 半地下の家族(字幕版)

  • 発売日: 2020/05/29
  • メディア: Prime Video