オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ミッドサマー』

Midsommar(Midsummer), 147min

監督:アリ・アスター 出演:フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー

★★★★★

概要。

夏至祭。

短評

明るい太陽の下で、色鮮やかな花々に囲まれて繰り広げられる儀式を描いたホラー映画。監督の前作『へレディタリー』も大変に良かったが、こちらも相当に強烈だった。「ホラー映画」と聞いて思い浮かべる「恐怖」とは明らかに異なる感情──三十郎氏の乏しい語彙から無理に選ぶならば「気持ち悪さ」や「違和感」──を味わうことになる。これは新たな扉が開けたと言ってしまっても差し支えないだろう。「これはヤバいものを見せらているぞ……」という意味不明な感慨に襲われ、自分でもわけの分からない笑いがこみ上げてきたのは前作と同じである。一回目の鑑賞ではあるが、「評価」という枠で考えるのが面倒なくらいに気に入ったので五つ星とした。

あらすじ

メンヘラ女子大生のダニー(フローレンス・ピュー)。同じくメンヘラな妹テリーのことを恋人クリスチャンに相談しすぎてウンザリされ、二人の関係は暗礁に乗り上げていた。そんなある日、テリーが両親を道連れに一家心中してしまう。悲しみから不安定な状態のダニーを、クリスチャンは義務感から仲間たちと計画していたスウェーデンでのフィールドワーク兼休暇旅行に誘う。彼らはペレが育ったヘルシングランドのコミュニティ“ホルガ”で行われる夏至祭に参加するのだが、そこでは想像を超えた儀式が待ち受けていた。

感想

冒頭のダニーのメンヘラ爆発シークエンスは「夜」と「雪」の組み合わせ(「来ないだろう」と期待されているのに空気を読まずについてきて、案の定和を乱すダニーの面倒臭さが相当にリアル)。ストックホルムに到着し、ヘルシングランドへと向かう車の上をカメラが飛び越えて画面が上下反転し、「ここから異世界ですよ」と分かりやすくご案内である。到着したボルガには冒頭のホラー映画らしい闇とは対称的に明るくのどかな景色が広がり、“ただのホラー映画”ではないことを執拗なまでにアピールしてくる。

本作の簡潔な印象を述べるならば、“もの凄く出来の良い『グリーン・インフェルノ』”なのだと思う。同作と同じく、主人公たちは異文化に飛び込んで恐ろしい体験をするわけだが、その恐ろしさが正体を現すまでの時間が長いことが本作の特徴と言えよう。ホルガに到着した時点で飛び出す「カルトみたい」という感想はもっともなものだし、食事すら儀式めいているのは気味が悪いのだが、その一方で、(これは映画をよく観る人ほど抱きがちな考えではないかと思うが)「自分たちと“異なる”からといってバカにしてはいけない」という理性の声が語りかけてくる。

“アッテストゥパン”という我々の感覚からすると明らかにヤバい儀式を見せられた後でさえ(失敗した鈍くさい爺に木槌が振り下ろされるのが笑える)、クリスチャンは「これも文化だから。偏見を捨てたい」と語り、彼よりも人類学ガチ勢なジョシュな「I'm fine」と平気な顔をしている。確かにヤバいのだが、その「ヤバい」という感覚をもって恐れるのはいかがなものなのかという複雑な感情に襲われる。しかし、他方では「これはホラー映画」だという前提があるため、「いやいや、ヤベえよヤベえよ……」と本能が危険を訴え掛けてくる。この何とも形容し難い感情が癖になるのだ。

混乱の極地となる“種付けの儀”を経て(“腰を押す係”がいるのが最高に笑える)、ホルガは祝祭の最後の儀式を執り行う。生贄を捧げるのである。この展開には何の意外性もなくて、クマのリアル着ぐるみ(質感はあまりリアルでない)を着て燃え盛るクリスチャンを眺めながらダニーが笑顔を浮かべている点以外には恐怖も混乱も感じないのだが、この“ありがち”な結末をもって我々は一つの皮肉な事実を突きつけられる。一つのコミュニティの内において“文化”として成立しており、それを尊重しようという考えを有していようとも、結局のところ、“異質なもの”は恐ろしいのだと。こちらにとって恐ろしいことが、相手にとっては素晴らしいことなのだから、その差異は原理的に埋めようがない。

アッテストゥパンの前には“世代別の季節”についての言及があったり、儀式の内容は概ね村の中にある絵に描かれていたりして、意味深な描写が分かりやすく伏線として回収される点は映画を見やすいものにしていたように思う。「ああ、これか」と。そのわざとらしさがある種の滑稽さを生むのだが、いざ目の前で異様な光景が繰り広げられると「おお……」となるギャップも本作の魅力だろう。それらの伏線の中では「陰毛入り媚薬で気にある男を落としちゃおう!」な絵巻物が、その時点でヤバさを隠す気が全くなくて好きだった。正直に告白すれば、儚げな美少女マヤ(イザベル・グリル)の陰毛ならば三十郎氏は喜んで食べる(陰毛には気付いたが飲み物の色もクリスチャンだけ違っていた)。

マヤのようなスラリと美しいスウェーデン娘たちに囲まれ、顔が大きく、身長は低く、全体的にガッシリとしたダニーのずんぐりむっくり感が際立っている。これがホラー映画のスクリームクイーンならば「お前がワーキャー言うようなタマかよ」と文句の一つも言いたくなろうが、本作に限っては好キャスティングである。周囲の“美しくも恐ろしい”という性質を強調し、また、彼女が“女王(メイクイーン)”となることに説得力を与えている。最後の一人になるまでの耐久ダンス大会は、ラリったり疲れたりして誰かとぶつかって転んだ人も失格となるのだが、重心の低い相撲レスラー体型のダニーならウロウロしているだけで優勝なのも納得である。

本作で描写されるドラッグによる幻覚体験が『トレインスポッティング』と並ぶリアルなものだという話を耳にしたことがある。三十郎氏はドラッグ未体験者なのでその再現性については分からないのだが、あんな風に世界が歪むのだろうか。バッドに入らなければ楽しそうではある。

ミッドサマー(字幕版)

ミッドサマー(字幕版)

  • 発売日: 2020/06/17
  • メディア: Prime Video