オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ボーダー 二つの世界』

Gräns(Border), 109min

監督:アリ・アッバシ 出演:エヴァ・メランデル、エーロ・ミロノフ

★★★★

概要

ものすごく鼻の利くブス。

短評

北欧製のダークファンタジー。なかなかにグロテスクで複雑怪奇な、ガツンと来る一作だった。現実のマイノリティ問題を暗喩として絡めて描いてはいるのだろうが、それについて考えるよりも先に不思議な世界観に圧倒される(これは“説教臭さ”の回避という意味で非常に重要。映画が“普通に面白く”てこそ考える気にもなる)。物語の咀嚼や感情の整理が一筋縄ではいかない一作であるが、その割り切れないモヤモヤこそが、二つの世界の“ボーダー”に生きる主人公が直面する問題なのだろう。

あらすじ

税関職員として働くティーナ。彼女は顔は悪いが鼻は良かった。人間の感情を嗅ぎ分ける特殊能力を持つ彼女は、その能力を利用して密輸を暴いていたのである。ある日、彼女は自分と同じく奇形の顔を持つ男ヴォーレと出会う。ティーナは彼から不審な匂いを嗅ぎ取るが、何も発見されることはなく、ヴォーレが生物学的にはメスであることが判明する。ヴォーレに親しみを感じたティーナは自宅の離れを彼に貸すのだが、程なくして彼女は自身の正体を知ることになる。

感想

ティーナは人間の羞恥の感情を嗅ぎ取るらしく、SDカードに児童ポルノのデータを入れていた男を発見する。その製造現場を捜索するというミステリー要素がありはするものの、真のミステリーは“彼女の正体”の方であって、特殊能力は彼女が普通の人間とは異なることを示すための一種の伏線である。顔が奇形。(文字通りに)鼻が利く。犬に嫌われる。それらの描写が、“同種”であるヴォーレとの出会いによってどういうことなのかが判明する。

ティーナには同棲相手の男がいるが、身体の関係はない(ティーナが拒否する)。しかし、彼が出掛けた際、ティーナとヴォーレは野獣のように呻き声を上げながら激しく互いを求め合う。原作者が同じ『ぼくのエリ 200歳の少女』で同じ問題があったようにボカシが掛かっていて見えはしないものの(劇場公開版は無修正らしい)、“突いている”のがティーナの方なので、どうやら彼女の方に“付いている”らしい。その後のピロートークでヴォーレが明らかにするように、彼らは人間とは異なる種属──トロールなのである。

自分が普通の人とは異なることで感じていた疎外感が、同種属との出会いによって解消され、ティーナは抑圧されていた自分を解放する喜びを知る(二人の性行為の激しさがその渇望を象徴する)。この時点までは、ルッキズムや性的マイノリティ、あるいはダウン症のような染色体“異常”者が、自分が自分でいられる場所を見つけるという“よくある”話である。しかし、疎外感あるとは言え人間社会に馴染んできたティーナと人間を恨んで放浪生活を送ってきたヴォーレとの間には同じ種属とは言えど意識に差異があり、そこから生じる葛藤が本作の魅力を増している。ちなみに、ヴォーレの人間への復讐内容トロール伝説に基づくもののようなので、現地人にはより馴染み深い設定なのだろうと察せられる(あのムーミントロールも本当は怖いのか……)。

上述の児ポ事件にはヴォーレが関与しており(ロリではなくガチペド。北欧の闇は深い)、ティーナは激しく憤る。彼と共に“自分たちの世界”で生きることを選べたはずが、彼女は“自分の世界”がそこにはないことを知るのである。ティーナが奇形だからと言ってあからさまに不遇な扱いを受けている描写はないが、それが彼女の覚える疎外感を否定するものでないことは、世の“恵まれぬ者”たちのよく知るところである。そこに一筋の希望が射し込んだはずが、自分はどちら側の人間でもない(トロールの雄と雌が不明確なのはその曖昧さの表現だろう)。このやりきれない感情をどうしたものだろう。

ティーナは自身の出自を知りながらも、結局は「人間を傷つけたくない」という選択をする。人間が抱える闇や問題を突きつけられてきた身としては、その“倫理的選択”に希望を見いだせなくもないのだが、この選択はやはりティーナが“人間の世界”に染まって生きてきたからに他ならない。最後の“贈り物”の行く末を考えた時、常識の正しさは五里霧中となり、ただ呆然と取り残される。また、トロールたちが“正しい”となった場合、そこには必然的に“正しくない人間”が存在することとなり、世界がどうあろうと疎外される存在の出現を防ぐことができないという不可避性にモヤモヤは増すばかりなのだった(あれが生き延びたヴォーレから送られてきたのだとすると、その生存能力の高さから既存の人間が駆逐されても不思議ではない)。

トロール種のビジュアルや性行為、そして食虫行為は、我々人間があえて嫌悪感を抱くように描かれているのだろう。未受精卵“ヒイシット”も気持ち悪いのだが、これは理屈ではなく“感情”、あるいは本能である。これがなくならぬ限り、あらゆる差別が根治することはないわけだが、果たして、どうすることができると言うのか(特にルッキズム批判については強くそう思う。ブサイクはブサイクだし、デブは醜い)。批判がそれに対する皮肉を内包するという面白さ。世界には自分とは異なる人間が存在する。ティーナの行動とは裏腹に、二つの世界は分かり合えぬ壁に隔てられているのか。

ボーダー 二つの世界(字幕版)

ボーダー 二つの世界(字幕版)

  • 発売日: 2020/04/08
  • メディア: Prime Video