オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『魔界探偵ゴーゴリ 暗黒の騎士と生け贄の美女たち』

Гоголь. Начало(Gogol. The Beginning), 105min

監督:イゴール・バラノフ 出演:アレクサンドル・ペトロフ、オレグ・メンシコフ

★★

概要

ニコライ・ゴーゴリと黒騎士殺人事件。

短評

ロシア製ダークファンタジー。実は作家のニコライ・ゴーゴリには霊的な能力が備わっていて、その能力を利用して難事件に挑む話である。もっとも、三十郎氏はゴーゴリの作品を一つも読んだことがなく(原作があるらしい)、ただ名前を知っていただけなので、“あのゴーゴリが”という面白さについては全く分からなかった。ただ顔色の悪い青年がぶっ倒れる度に謎のビジョンを見るというだけである。ダークファンタジーらしいエログロな展開と映像は悪くなかったが、エロの方が中途半端で物足りず。本シリーズは三部作であり、最後に思いっきり「つづく……」と出てくるのだが、一作目だけで撤退しようかと思う。

あらすじ

作家としては鳴かず飛ばずで、警察の書記官として働いているニコライ・ゴーゴリ。彼には事件場で卒倒するという悪癖があったのだが、実は、その間に事件に関する“ビジョン”を見ているのだった。そんな彼の能力に目をつけた捜査官グローは、ディカーニカ村で発生した黒騎士による儀式殺人の捜査に彼を伴うことにする。

感想

グローがホームズでゴーゴリがワトソンのような設定だが、タイトルに「魔界探偵ゴーゴリ」とあるため、ゴーゴリが事件を解決しなければならない。したがって、グローに途中退場してもらってからが本番となるのだが、その前後で内容に大きな変化があるわけではない。ゴーゴリが卒倒したり眠りに落ちてはビジョンを見て、事件のヒントを得るというだけである(グローは存命中も大して活躍しない)。この設定にノレるか否かが本作を楽しめるかどうかの分水嶺となるわけだが、序盤の内にキャラクターに魅力を感じられなかった場合、「便利だなあ……」で終わりである。

冒頭から全裸のロシア美女が登場するため、激しめのエログロ描写で楽しませてくれるのかと思ったが、おっぱいは“チラ見せ”である。映すなら映せ。ここで感じてしまった不満をその後も引きずることとなった。ゴーゴリのビジョンには桃色な内容も含まれているのだが、リザ(タイーシャ・ヴィルコヴァ)やオクサーナ(ユリヤ・フランツ)との行為のシーンでは巧妙に隠されている。「見えているシーンもあるのに中途半端だなあ……」と気持ちが急速冷凍されていくわけだが、三十郎氏調べによると、なんとこれは日本独自の編集であるらしい。

何ということだろう……。そこだけを削ったところでハリポタのファンに訴求できるような全年齢版ファンタジーになるわけでもあるまいし、どうしてこんなことをしてしまうのだろう。オリジナル版を観ていれば「次作も(それだけのために)観てみるか」という気にもなっただろうに(それはともかく三作目が有料なので、次作でも同じ展開だろうと思うと撤退するしかない)。ちなみに、当該シーンは愛しのリザがオクサーナに入れ替わって戸惑っているはずなのに、ゴーゴリが腰を振り続けていて笑える。

なお、この“淫夢”はオクサーナによって見せられているという設定なのだが、他にも全裸女たちに囲まれる悪夢を見たり(このシーンの演出は好き)、売れない作家が理解者の美女に欲情している感がなきにしもあらずなので、ゴーゴリが“溜まっている”だけのようにも思える。彼がリザに「昨日会いに来ました?」と尋ね、「いいえ」と返される場面が恥ずかしくて仕方がなかった。これはもしや高齢童貞が修得するという魔法こそが彼のビジョンの正体なのではあるまいか。

冒頭の全裸美女が黒騎士に殺害されるため、「これは怪奇型の事件なのだろう」と思いながら映画を観ることになる。しかし、続いて発生する事件が模倣犯によるものであることが明らかとなり、ゴーゴリはその犯人を明らかにするも、犯人が肝心の黒騎士に殺されてしまう。彼が「次はリザが危ない」というビジョンをところで、「次作に続く」と終劇である。続編があるということは知っていたのだが、こういう形で続くとは思っていなかったため、なんだかとっても尻切れトンボでスッキリしない。

鍛冶屋の娘ちゃん(Marta Timofeeva)が可愛かった。パラスカも可愛かったのだが、演者が分からなかった。ロシア映画のEDクレジットに名前が載るキャストは少ないらしい。