オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『巨人たちの星』ジェイムズ・P・ホーガン

Giants' Star/James Patrick Hogan

概要

地球人、ジュヴレン人と対決する。

感想

ガニメデの優しい巨人』に続くシリーズ三作目。出版時にはこれが三部作の完結編ということになっていたらしいが、10年の時を経て続編『内なる宇宙』が刊行されている。一作目の『星を継ぐもの』は「ハードSFとはなんぞや」を教えてくれる作品だったにだが、一つの謎に対する科学的考証を積み上げるという知的な楽しみは徐々に薄れ、本作ではかなり弱くなってしまっていた。

その代わりなのかは不明だが、本作には“スリル”が持ち込まれている。一作目では、人類がその叡智を結集して謎の解明に尽力した。二作目では、ガニメアンという異星人と遭遇するも、彼は決して敵対的存在ではなく、過去の不幸を乗り越えて仲間となった。いずれも地球人が第二次大戦の惨禍を乗り越えた先にある優しい世界の話であり、科学は敵と争うための道具としてではなく、未知の世界へと挑戦するための手段として用いられている。

そして今回、三作目だが、明確な“敵”が登場する。その正体は人類の起源たるルナリアン(=セリアン)とミネルヴァで敵対し、星を消滅させたランビアンの末裔たるジュヴレン人。人類、ガニメアン、実は生き延びていたガニメアンの末裔テューリアン──この三者連合とジュヴレン人が敵対するというシナリオである。

エンタメ路線に舵を切っており、「これは映画化しても面白そうだな」という感触を得たものの、このシリーズに求めているものとは異なる気がした。また、ジュヴレン人は古来より地球にスパイを送り込んで人類の進歩を妨害してきたという設定になっていて、科学考証を積み重ねてきたはずの結果が統失患者の陰謀論という一致してしまうのには苦笑いするより他にない。迷信も宗教も、ソ連ヒトラーも、反核運動も、全部ジュヴレンが人類を妨害するために仕組んだことなのだ!

一見すると“自然科学万能主義”っぽい世界観ではあるが、その極地たるテューリアンの脆弱性を指摘していた点は面白かった。彼らは人が良すぎてジュヴレン人に騙されてきたことを法学者の国連合衆国代表者が看破するのは(社会科学畑出身の贔屓目もあって)スカっとしたのだが、かと言って、彼らが地球人と一緒になって権謀術数の楽しみを覚えてしまう点については前作との矛盾を感じる。