オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『冷たい方程式』トム・ゴドウィン他

The Cold Equations/Thomas William Godwin 

概要

燃料カツカツ宇宙船に密航者がいたらどうする?

感想

全九篇のSF短編集。表題の『冷たい方程式』は、(主に日本で)「方程式もの」と呼ばれるジャンルを形成したくらいには影響力の大きな作品とのことである。それぞれに毛色が違いすぎて(どの辺りが“SF”なのか戸惑ったものも多い)、一冊の統一した感想というものには少々まとめづらいため、以下、各作品についての簡単な感想を記しておく。

惑星ニュー・デラウェアに地球帝国から調査官がやって来るため、“なるべく地球っぽくしよう”という話。あらゆる書物を検討した結果、地球には必ず“犯罪者”がいるということで、主人公に徘徊許可証が与えられ、彼には泥棒と殺人のミッションが与えられる。設定からして非常にコミカルな作品であり、オチのつけかたも上手かった。主人公が犯罪者に任命された理由が「漁師が村で最も残酷な職業だから」というのも笑える。

  • 『ランデブー』ジョン・クリストファー

ある男が船旅で出会った女に過去の因縁からジプシーの呪いが襲い掛かるという話。短編としては非常に上手く話がまとまっているものの、これは三十郎氏にとっては明らかに“怪談”の類であり、どこにSF要素があるのか不明だった。

  • 『ふるさと遠く』ウォルター・S・デヴィス

プールに鯨が出現する話。その理由は「子供が願ったから」というものなのだが、これは“ファンタジー”であり、SFを期待した身からすると二作品続けての「?」である。ただし、非常に短い物語でありながらも、異常な状況を幻想的に描いている点はよかったかと思う。

「夢の中で空を飛んだということは、実際に飛べるということだ」と言い出した男が本当に宙に浮く話。これも設定はSF的でないように思えるが、流石は大御所アシモフと言うべきか、ちゃんと科学要素があって面白かった。主人公が“物理学者”というのがミソとなっており、既存の科学では説明のつかない未知の現象に遇した時の科学者たちの姿が愉快に、そして示唆的に描かれている。主人公はさながら“上手くやったコペルニクス”といったところだろう。

表題作。この設定が一つのジャンルとなったことからも分かる通り、なかなか面白い状況設定である。あまり厳密な設定というわけではないらしいが、三十郎氏の親しんでいる“自己犠牲”という展開に安易に流されない辺りにタイトルに「方程式」とある理由を感じられた。状況としてはトロッコ問題に近いと思うのだが、本作は選択の余地なく冷徹に“方程式”を完結させている点が印象的である。

  • 『みにくい妹』ジャン・ストラザー

舞台を現代に置き換えたシンデレラを姉がこき下ろす話。シンデレラの健気さは計算によるものであり、真夜中まで舞踏会を抜け出さなければならなかったのも、彼女が阿呆すぎて顔の良さで誤魔化しきれなくなるからである。発想が非常に面白く、とても愉快に楽しめる一作なのだが、本書の中で最もSF要素がどこにあるのか不明だった。なお、シンデレラの愚劣さを“事実”として扱い、どれだけこき下ろそうとも、不細工な姉たちの嫉妬が滲んでしまっている辺りがもう一つの面白さである。

“幸運誘引体質”の男の物語。願ったことがそうとは知らぬままに叶ってしまう少年がいて、彼が大学生になった時に教授がその事実に気付き、彼の才能を“教育”によって活かそうとする。この現象を「因果」をキーワードに説明する点がSFらしい。タイトルに「イド」とある通り、教育による表面的な意識の如何に関わらず、『禁断の惑星』のように制御不可能な潜在意識が暴走してしまうという点も示唆的だった。

  • 『危険!幼児逃亡中』C・L・コットレル

これも能力もの。『ブライトバーン』の主人公が悪意なく暴走するバージョンとでも言うべきだろうか。本作を四作品に何らかの超能力的なものが登場しており(ジプシーの呪いも含めれば五作品)、三十郎にはそれがファンタジー的であるように思えるものの、“未知の現象”は全てSFの領域である“if”に含まれるということなのだろうか。

ロボットを製造するロボットの話。人間社会がロボットに乗っ取られるまでの顛末を愉快に描いている。作中では非常に穏健な形で『ターミネーター』的なディストピアが到来するのだが、ロボットの行動原理が人間に害を為すものではなく、あくま自身を守るものであるため、彼らが人間の仕事を全て代替してくれるのであれば、それも悪くないと思った。

冷たい方程式 (ハヤカワ文庫SF)

冷たい方程式 (ハヤカワ文庫SF)