オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『告発のとき』

In the Valley of Elah, 121min

監督:ポール・ハギス 出演:トミー・リー・ジョーンズシャーリーズ・セロン

★★★

概要

イラク帰還兵殺人事件。

短評

ポール・ハギスによる実話に着想を得たという反戦もの。“ミステリーとしての面白さ”と“反戦メッセージ”の両輪がカッチリとはまった一作だった。事件の真相が知りたくて映画を観ていたはずなのに、観終わった時には「知らなきゃよかった」という疲労感が色濃く残る。イラク戦争が少しずつ“過去”になりつつあるようにも感じられるが、アメリカはベトナムで学んだはずの失敗を延々と繰り返しており、主人公が最後に「このままにしておけ」と言った行動の意味が改めて問われる。

あらすじ

イラクから帰国した息子マイクが無許可離隊したとの一報を受けたハンク(トミー・リー・ジョーンズ)。行方不明となった息子を探すべく基地へと出向いた彼は、携帯電話に残されたデータを手掛かりに捜査を開始する。しかし、間もなくして遺体がバラバラとなった焼死体が発見され、その身元がマイクであると判明。麻薬絡みや軍による隠蔽といったきな臭い情報が踊り、地元警察も「軍の管轄」と非協力的だったが、元軍警察のハンクは、唯一の協力者である刑事エミリー(シャーリーズ・セロン)の力を借りて、息子の死の真相を探ろうとする。

感想

マイクの殺され方は非常に残酷である。一本のナイフで42箇所を刺され、バラバラに切断した上で焼却されている。その残骸を野生動物が食い荒らしているという最凶コンボである。その残忍な手口から麻薬カルテルの関与が疑われ、兵士が皆クスリ漬けになっているという結末への伏線とも言える“状況”が示唆される。

事件の真相は、酔っ払って喧嘩したはずみでマイクを死なせてしまった軍の仲間たちが隠蔽のために“そうした”というもの。その事実を事もなげに語る兵士の姿が印象的だった。イラクでの経験によって彼らは完全に“壊れて”しまい、“異常が日常”になってしまっていたのである。かつてベトナムで戦ったハンクは「戦友たちがこんなことをするはずがない」と容疑者リストから外していたが、既に彼の常識は通用していない。PTSDという言葉が定着した今、ミステリーのオチとして意外性があるとは言えないが、思い出すべきは元ネタとなった実際の事件があるということである。それを考えた時、戦争というものの影響力を思い知らされる。

本作がマイクの死の真相を探るミステリーである一方で、そこに滲むハンクの悔恨が印象的である。トミー・リー・ジョーンズが演じているだけあって口数少ない男ではあるものの、従軍の過去、マイクが“二人目の犠牲者”であること、軍人一家で父の期待に応えようと入隊した事情、父の知らなかった息子の姿などが徐々に分かってくる。極めつけは、生前のマイクが父に“救難信号”を送っていたと気付くも、時既に遅し。この言葉を使ってしまうと陳腐に感じられるかもしれないが、正に“複雑な事情”がそこにはある。どこに悲しみを、そして怒りをぶつけてよいのかも分からず、彼は“救難信号”を掲げるのである。

劇中で象徴的に用いられている“ダビデゴリアテ”のエピソード。その話をハンクから聞かされたデヴィッド少年は、再びその話をしてくれた母に問う──「どうして巨人と戦わせたの?子供だよ」と。犯人の一人だったボマーはハンクに対して「イラクに英雄を送るべきじゃない。核で燃やすべき」と話していたが、“英雄”として送り込まれる兵士たちにとって、果たして、その戦いが何の意味を持つのか。恐怖心に打ち克って戦うべき相手は、果たして、巨人なのか。

ハンクはマイクの携帯電話に残されたデータを手掛かりに事件を追うのだが、マイクは戦地で大量の動画や写真を撮影している。彼が心を病む切っ掛けとなった瞬間にも撮影している。動画内で「携帯いじるのやめろ」と言われている場面もあったが、こんなに自由に撮影なんかしていてよいものなのだろうか。

告発のとき (In the Valley of Elah)

告発のとき (In the Valley of Elah)

  • メディア: Prime Video