オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『アメリカン・ヒーロー』

American Hero, 86min

監督:ニック・ラヴ 出演:スティーヴン・ドーフ、エディ・グリフィン

★★

概要

ダメヒーロー、頑張る。

短評

スティーヴン・ドーフ主演のヒーロー映画。「ダメヒーロー」と聞いて思い浮かぶ『ハンコック』なんかよりも遥かにダメダメなヒーローの物語である。授かった力をナンパの道具程度にしか使わないダメっぷりは嫌いでないものの、彼が改心して頑張る展開に入っても話がイマイチ盛り上がらず、結果的には「退屈」との印象が覆ることはなかった。彼が能力者であることのギャップを上手く活かせていなかったように思う。ファウンド・フッテージ風のスタイルにも効果を感じられなかった。ただし、スティーヴン・ドーフはハマり役だった。

あらすじ

特殊なパワーを持つ能力者として生まれながら、その能力を活かしきれずに暮らしている中年男のメルヴィン(スティーヴン・ドーフ)。彼は妻に見捨てられ、裁判所から息子への接見禁止処分を食らい、親友ルシールたちとハッパを吸って過ごす自堕落な生活を送っていた。しかし、その暮らしぶりが祟って心不全を起こしたメルヴィンは改心し、近所のチンピラたちと戦うことを決心する。

感想

メルヴィンの能力は“テレキネシス”である。物体を自由自在に操ることができる。その便利な能力を活かして何をしているのかと言えば、大道芸で稼いでみたり、廃車を壊して遊んでみたり、ナンパに使用してみたり、とにかくろくな用途ではない。ただし、ダメ人間とは言えど露悪的に振る舞うでもなく、彼は周囲の人々から割と好かれており、ただ“使い途を分かっていないだけ”という印象を受けた。悪い奴ではないが、ダメな奴である。

そんなボンクラヒーローの日常は、能力が存在する世界とは思えぬ程に“日常”である。ほとんど手品と変わらないのだから無理もないことだろう。そのもったいない用途や、とてもヒーローとは思えぬ“普通のダメ人間”な姿を眺めているのは可笑しくもあったが(パーティーにはおっぱい要員も登場するし)、やはりそれだけでは物語として成立しない。

そこで、彼が“戦う理由”を見つけるわけだが、前述の心不全はその一つ目である。心不全を切っ掛けにトレーニングを開始するも、「これで立派なヒーローだ!」とは相成らず、逆に活動が祟ってルシールが襲われてしまったりする。何をしてよいのか分からない男が何かを始めてしまった時にありがちな失敗である。しかし、それらの失敗を乗り越え、最終的に彼は“自分のすべきこと”を理解する。息子に会う(=会えるように元妻に頼む)ことである。“守る相手”がいてこそのヒーローなのだ。チンピラたちと戦うのだって彼のためなのだから、ヒーローとしてだけでなく“父親”としての役目を果たさなくては意味がない。

およそヒーローらしからぬヒーローが、“普通の人間”として為すべきことを為す。この結末自体は綺麗にまとまっていたように思う。しかし、いかんせん映像的に地味であり、淡々としていて盛り上がりを欠き、“いい話”にまとめてしまったのでボンクラ感の点にすら物足りなさを覚えた。特に能力者である必要のないストーリーなのだから、能力の描写に魅力がないならば残念な出来に終わるのも仕方がない。

「犯罪者は努力家だから好き」という主張は笑った。

アメリカン・ヒーロー(字幕版)