オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『テルマ』

Thelma, 116min

監督:ヨアキム・トリアー 出演:エイリ・ハーボー、カヤ・ウィルキンス

★★★

概要

女子大生が発作を起こす話。

短評

ノルウェー製のホラー映画。と言っても、ホラーが本体であるというよりも、『RAW 少女のめざめ』や『ブルー・マインド』といった作品を想起させる隠喩性の強い物語であるように感じられた。監督が男性なので同作のように“女性性”にフォーカスしているわけではないものの、本人が意図せずして発動する“能力”のミステリーをスリリングに描きつつ、その発動を通じた主人公の内面の変化がより重視されている。主人公テルマを演じるエイリ・ハーボーはパッケージの印象よりもずっと美人だった。北欧美女最高!

あらすじ

田舎で敬虔な両親に育てられ、都会の大学へと進学してきたテルマエイリ・ハーボー)。ある日、彼女が図書館で勉強していると、発作に襲われて倒れてしまう。その後、図書館に居合わせたというアンニャ(カヤ・ウィルキンス)と知り合い、互いに惹かれ合うようになるものの、テルマが発作を起こした時に不可思議な現象が発生するようになる。

感想

テルマの両親はかなり抑圧的である。娘の時間割を詳しく把握し、食事の内容を聞きたがり(これは“母親あるある”か)、フェイスブックの友達が増えたことまで知っている。「なんでそんなことまで知ってんの?」と思わず引いてしまう場面の連続である。テルマには遺伝性の超能力が備わっていて、その発動が“自我の目覚め”に重ねられているわけだが、「毒親から自立できてよかったね」と単純に割り切れない辺りが、監督があのラース・フォン・トリアーの甥である所以といったところだろうか。

大学生にもなった娘の行動を逐一把握しようとする支配的な両親の姿は、観客にとって異常に映ることだろう(母が車椅子なので父が娘の体を洗うシーンも。眼福、眼福)。しかし、そもそも彼らがそうなった原因がテルマの能力にあるため、“悪役”とも言い切れないのである。

少女時代に(「こいつ、うるさいし邪魔だなあ」と思ってか)能力が発動して弟を殺してしまい、以来、薬によって抑えられてきたテルマ。両親がキリスト教に傾倒しているのも、娘がそれで“救われた”と感じているからである。だからと言って彼らの行動が肯定されるわけではなく、テルマにとっては障害、すなわち悪役──排除しなければ前に進むことのできない存在ということになってしまう。実際に彼女はそうするのだが(意図しなかったとしても“願った”だろう)、果たして、この“ハッピーエンド”をどう考えたものか。

彼女は両親の抑圧から解き放たれが、これは同時に世に放たれてしまったことを意味する。彼女の能力を現実の何に置き換えて考えたものかは分からないが、危険な存在であることには違いない。本作の結末は、少なくともテルマ個人にとってはハッピーエンドである。しかし、我々観客はテルマではない。能力者ではない。ある特殊な才能の持ち主が、それを社会のために使うとは限らない。我々が“自由”という概念を信じるのであれば、同時にリスクを引き受ける覚悟も必要なのである。彼女が“ありのまま”に振る舞うのであれば、消えたり復活したりと忙しいアンニャのように(彼女がテルマの部屋を訪れるシーンの不自然さが回収されたのは見事)、他者は全て彼女の世界の従属物と成り果てる。

テルマの心境の変化が上手く描かれていた。彼女は生物学専攻ではあるが物理学の授業(『ホーキング、宇宙を語る』に出てきた内容が登場する)を受けており、どうやら生物学は両親の意向であるらしい。そうした反発心を抱いているところにアンニャが現れ、禁じられてきた飲酒などを経験するが、“普通の人々”の世界に上手く馴染めない。植え付けられたキリスト教的価値観との矛盾が彼女を苦しめ、そこから解放されるために能力が発動する。ヘビの演出は少々やり過ぎなようにも感じられたが、あの年代を突き動かすのはリビドーに他ならない。

本編開始前に「激しい光の点滅があります」と注意されていたが、本当に激しかった。テルマの発作状態における脳波を調べる検査のシーンである。まるで拷問のようだと感じられたが、本当に拷問でも使われていそう。

テルマの“解放”を描く場面で、彼女が“黒い鳥”を吐き出している。通常、鳥と言えば“飛び立つもの”を象徴しているように思われるが、彼女はそれを自分の体内から捨て去るのである。果たして、これは何の隠喩なのだろう。「眠っていた才能が表出する」くらいの捉え方でよいのか。

テルマ(字幕版)

テルマ(字幕版)

  • 発売日: 2019/02/20
  • メディア: Prime Video