オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『囚われた少女たち』

Las elegidas(The Chosen Ones), 106min

監督:ダビ・パプロス 出演:ナンシー・タラマンテス、オスカル・トレス

★★★

概要

14才の少女が売春させられる話。

短評

てっきり下世話な需要を満たすために作られたB級スリラー映画なのかと思って観てみたら、がっつりと気まずい思いをするはめになったメキシコ映画。直接的な描写は少ないながらも、恋人に騙されて売春を強制された少女の苦境が、淡々と、そして無慈悲に描かれている。主人公の境遇に胸を痛めるばかりでなく、彼女を取り巻く“システム”がなんとも胸糞悪いものとなっており、実に救いのない一作だった。

あらすじ

ティファナに住む14才の少女ソフィア(ナンシー・タラマンテス)にはウリセスという恋人がいた。しかし、ウリセスの家族は売春宿を営んでおり、彼がソフィアに近づいたのも売春婦として働かせる目的からであった。ソフィアを愛してしまっていたウリセスは、彼女の身代わりとなる少女を探そうとするのだが……。

感想

1回500ペソ、アナルなら追加で100ペソ、そして1日のノルマが6000ペソ(1メキシコペソは5円強)。単純計算で1日10人以上の相手をしなくてはならない。コンドームの装着方法を学び、実技の観察を経て初仕事となるも、耐え切れずに逃げ出してしまうソフィア。「はい、分かったでしょ。これで仕事してね」なんて軽いノリで言われても素直に受け容れられるはずがない。当然逃げられなんてしないわけだが、脅され、虐げられて仕事を受け容れたソフィアからは生気が失われていて、静かに、これ以上ない絶望感が漂っていた。

ソフィアが客の相手をする場面は、上半身裸の男と死んだ顔をしたソフィアが交互に映し出され、そこに“行為の音”が加えられている。“エロ”という要素が皆無な分だけ、男たちのおぞましさやソフィアの悲しみがダイレクトに伝わってくる印象的な演出だった。

ソフィアについてはひたすらに可哀想としか言いようがない。扱いが難しいのはウリセスの方である。彼は恋人を売春宿に売り飛ばした許しがたい男でありながら、“家族の犠牲者”としての一面も持っている。彼のソフィアへの愛自体は本物のようだが、その表現方法が“次の犠牲者を見つける”というものでは同情もしづらい。何とも言い難い矛盾を抱えた存在なのである。

ウリセスが次の犠牲者マルタ(レイディ・グティエレス)を捕まえたことでソフィアは売春宿から解放されるものの(17才のマルタが“ババア扱い”なのが闇が深い)、これは真の意味での解放を意味しない。ウリセス一家の手伝いをさせられるのである。つまり、彼女もまた“加害者”の側に加わることになり、ウリセスと同じく矛盾を抱えた存在となってしまう。(これまたウリセスと同じく)他に選択肢が存在しないことは自明であり、最悪の後味を残して映画は幕を下ろすのであった。

「逃げても実家バレてるよ」「どうなるか分かるよね?」というお決まりの脅迫の場面も見ていて嫌になったが(拉致前に幼い弟の描写を入れているのが効いてくる)、売春宿周辺の“協力体制”がキツかった。近隣住民はそこで拉致された少女たちが強制的に売春させられているのを知っているにも関わらず、見て見ぬ振りをするに留まらず、脱走者を差し出せば報奨金を貰えるからと協力しているのである。ソフィアが買い物に出掛けた際に黙って後ろについてくる男のなんと気味の悪いことか。「警察もグル」というのは台詞だけだったが、これは嘘でも信じてしまうだろう。

ここまで残酷な現実を突きつけられておきながら、客が品定めする──カメラが横にスライドするシーンでは、無意識に“品評会”をしてしまっている自分を発見する。被害者がいなくならない理由を思い知らされるのである。

兄の指導を受けてマルタを口説き落とすウリセス。そのメソッドは次のようなものである。まずはひたすらに愛を語ったり、いい思いをさせることで彼女の信頼を勝ち取る(早朝にメールしておけば相手が起きた瞬間に自分を意識することになるというテクニックは上手いと思った)。続いて地元から引き離し、「頼れるのは自分だけ」という状況を作り上げる。ここで金に困った振りをして「助けてくれるよね?」である。大体のところは日本のホストと同じなのではないだろうか。泣き落としまで披露して、すっかり“その世界”に染まったかのようなウリセスだったが、結局暴力に頼るならば、それまでの過程に意味はあったのか。

囚われた少女たち

囚われた少女たち

  • メディア: Prime Video