オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『テイク・シェルター』

Take Shelter, 121min

監督:ジェフ・ニコルズ 出演:マイケル・シャノンジェシカ・チャステイン

★★★

概要

嵐に備えてシェルターを作る話。

短評

平凡なおっさんが「嵐が来るからシェルターを作らなきゃ」という考えに妄執的に取り憑かれ、静かに狂っていく様を居心地悪く描いた一作。9.11以降、金融危機も経験し、きっとそれらの経験が聖書の黙示録的な観念と結びつくことでアメリカ人に内在化した、“来たるべき災厄”への恐怖や危機意識が垣間見えたような気がした。

あらすじ

妻サマンサ(ジェシカ・チャステイン)と娘ハンナと共に平凡な生活を送る採掘作業員のカーティス(マイケル・シャノン)。ある頃から、彼は巨大な竜巻に街が襲われるという悪夢にうなされるようになり、あらゆる現象が不吉な予兆であると感じられるようになる。統合失調症を患う母からの遺伝を疑いながらもカーティスはシェルターの建造に着手し、妻に借金がバレ、職場を解雇され、友人との関係が破綻しようとも、シェルター作りを止められなくなる。

感想

犬に噛まれる夢を見たからと室内犬を屋外の犬小屋で飼うことに始まり、綺麗に晴れ上がった空から他者には何も聞こえていない雷の音が聞こえてビビると来れば、これは完全に精神病である。カーティス本人が“来たるべき嵐”について「言葉では説明できない」と話している通り、彼の行動原理には理解が及ばず、この種の妄想に取り憑かれたことのない三十郎氏にとっては決して感情移入できる対象ではない。したがって、カーティスの感情を追体験するというよりも、一歩離れたところから居心地悪く眺めているような不気味さがあった。

本作は、一つの映画の中に“二種類の結末”を盛り込んでいる。一つ目は、嵐が来てカーティス一家がシェルターへと避難し、そこから出る時の夫妻の会話。「自分には扉を開けられない」と言う夫に対し、妻が「あなたが開けなくちゃ」と返す。不安や恐怖に取り憑かれたままでは“普通の生活”を取り戻せない。仮に不安が消えなくとも勇気を持って一歩を踏み出す必要がある、といったところだろうか。カーティスの妄執や精神病は人々の漠然とした不安を極端に表現したもので、皆それに立ち向かい、付き合っていく必要があるのだと。この時点で“物語”として決着はついたことになる。人はそうやって人生を続けていくしかない。

二つ目は、シェルターから出て、医師から「ちゃんと治療を受けましょうね」と言われたカーティスがビーチに休暇に行くと、本当に嵐がやって来るというもの。このラストシーンには“妻にも精神病が伝播した(または、家計が切羽詰まって不安を共有した)”という解釈があるようだが(後ろにいるカーティスの落ち着き方からしてもそちらが正しいのだろう。その場合、シェルターは“逃避”という性格を強く持つことになる)、三十郎氏としては“誰も予期しなかった災厄が訪れることもある”という考えを推したい。だって、それは様々な形で現実の世界に訪れたのだから。単なる精神病者のカーティスがそれを予知したわけではなく、日々の営みとは無関係に、それは突然やって来る。こちらは“カーティスの物語”からは一歩離れて、観客に投げ掛けられた結末であったように思われる。

娘ハンナの耳が聞こえないという設定にはどういう意味があったのだろう。表面的には解雇と保険の問題で、家族を守るためのはずが家族を蔑ろにしてシェルター作りに没頭するカーティスの狂気を際立たせる効果があるのだろうが、流石に何かしらの隠喩が込められているのではないか。カーティスが抱えている不安を周囲の人に理解してもらえないディスコミュニケーションの象徴か。それならラストシーンの妻理解説の根拠ともなる。

カーティスのような妄想に取り憑かれてしまっては大変だが、正直に言って、“地下シェルター作り”という言葉には心惹かれるものがある。たとえば『10 クローバーフィールド・レーン』のような生活を三十郎氏は“楽しそう”だと感じるし、もし自分が金持ちならば、きっと地下シェルターを作った上で、“自分ひとりだけが生き延びた世界(ゾンビからの避難を含む)”、そしてそこに持ち込む映画を妄想して遊ぶと思う。「妄想なら実際に作らなくてもできる」というツッコミは無粋である。

テイク・シェルター(字幕版)

テイク・シェルター(字幕版)

  • 発売日: 2021/01/13
  • メディア: Prime Video