オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』

ฉลาดเกมส์โกง(Bad Genius), 129min

監督:ナタウット・プーンピリヤ 出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン、チャーノン・サンティナトーンクン

★★★

概要

集団カンニング大作戦。

短評

タイのカンニング映画。明らかに100分程度の映画向きなテーマであり、2時間超えは少々冗長に感じられたものの、きっとタイでは“大作”の枠に該当する一作なのだろう。時間を掛けた割には物語全体の流れがありがちなものに留まっていたが、カンニングのアイディアやコミカルな序盤とスリリングな終盤との対比、経済格差という社会的テーマの盛り込み方といった魅力が詰まっていた。観る機会の少ない“タイ映画”という物珍しさを差し引いても、悠に水準を超える楽しさの一作だった。

あらすじ

裕福とは言えない家庭に育ちながら、優秀な成績を認められて名門校に奨学金つき特待生として入学したリン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)。彼女にはグレース(イッサヤー・ホースワン)という友人が出来たが、グレースは成績が悪く、リンは試験中に彼女に回答を教えてしまう。その話を聞きつけたグレースの恋人パットが「自分にも」と言い出し、リンは報酬と引き換えに“生徒”を増やしてく。

感想

最初のカンニングは“消しゴムに回答”を書いて手渡し。パット他の数人に伝える必要が生じると、ピアノ演奏に着想を得たハンドシグナルを考案。この辺りまでは“真剣なイタズラ”といった趣があり、コミカルな雰囲気に包まれている。バレないように悪いことをするのは楽しい。これは一種のゲームである。その後、諸々のトラブルを経て、“本番”のSTIC試験へ。ここまで来ると、関わる人数も金額も膨れ上がり、また、カンニングの難易度も上昇しているため、後戻りできない緊張感に包まれていた。カンニングの“方法”以外の部分でも上手く違いを作っていたように思う。

リンと共にカンニングに加担することになるバンク(中国のイケメンみたいな顔だったけど華僑系なのか)。両者の共通点は、共に特待生であり、実家が裕福ではないこと。ナイトプールで遊び回るパットたちとの経済水準は雲泥の差である。カンニングという不正行為の中に“教える(=売る)側”と“教わる(=買う)側”の二つの側面があるという本作の構図は、持たざる者が持てる者に自身の能力を売却し、持てる者を更に富ませるという資本主義の縮図だった。リンは報酬を得て一時的に豊かになったように感じるが、その実、彼女は格差の固定・拡大に手を貸しているという皮肉である。

グレースのキャラクターをどう捉えたものかに悩む。彼女は学校で初めにリンに話しかけてきて友人となった天真爛漫な少女であり、その段階では彼女の優秀さも知らなかったはず。彼女は美人でおバカなだけで(確かに可愛い)、悪意なくリンを利用したのか。それとも、リンに利用価値があるからこその友情だったのか。最後にリンから関係を切られた時に涙を流していたことを考えれば後者な気がしなくもないが、リンを“買える”という認識があったのは間違いない。パットのような自覚的悪意とは異なり、グレースのような無邪気な悪意の持ち主こそが、経済的分断という名の壁の向こうの存在が抱える事情に自分が無関係であり、「使えるものは使ってよい」と思い込めてしまう薄ら寒い怖さを感じるのである。

タイの名門と言えばチュラロンコーン大学が有名であるものの、富裕層には海外留学がステータスとなっていることが窺える。STICは架空の試験だとは思うが、SATがモデルなのか(中国でのSAT不正事件が元ネタらしい。劇中には「中韓で不正があって中止」という描写がある)。本作では受験時間の時差を利用した戦略を用いていたが、現実の試験ではどう対策されているのだろうか。海外受験についてはリンのような人がわざわざシドニーへ飛ばずとも現地協力者を得られるだろうが、携帯電話の持ち込み禁止以外に時差への対策で国毎に試験内容を変更しているのだろうか。試験監督が会場外でリンを拘束する描写があったが、その権限はないと思う。

リン役のチュティモン・ジョンジャルーンスックジンの名前が長い。現地人はこの長さの名前も普通に覚えられるのだろうか。タイ水準ではこれくらいが普通だとすれば、歴史の試験の難易度は日本よりもかなり高いものとなるだろう。もしかして、そういう事情もあって劇中の国内試験は全てマークシート方式だったのだろうか。

バッド・ジーニアス 危険な天才たち(字幕版)

バッド・ジーニアス 危険な天才たち(字幕版)

  • 発売日: 2019/02/06
  • メディア: Prime Video